95 凱旋 ランティス・ヒルトップ①

「竜騎士団本部第四分隊隊長ランティス・ヒルトップであります。そしてこちらは相棒のコレリック号。現在我々は任務を離れ、自己研鑽けんさんのためドラゴンレースに参戦しております。以後、お見知りおきを」


 ランティスにならってコレリックも威厳のある声で鳴く。

 翼竜科フォース・キニゴスは、黄土色の体にブチ模様のあるドラゴンだ。最大の特徴は四本の前脚と一体化した翼。翼竜科の中でも最速を誇るが、気性が荒く扱いにくいと言われている。


「げ。竜騎士なのは知ってたけど、本部の分隊長なんですね」

「それだけじゃないよ、ジョットくん。ヒルトップ家といったら代々竜騎士を輩出してる、ルーメン古国ここくの名門中の名門。まさに御曹司様だよ」


 フィオがそうつけ足すと、ランティスはあっけらかんと笑って首を横に振った。


「やめてくれ、御曹司だなんて。そんな柄じゃないよ。仕事に打ち込むあまり、婚約者に愛想を尽かされたただの甲斐性なしさ」

「家柄も地位も申し分なしのイケメンが、この性格で彼女もいない、だと? 要注意人物だな」


 なにやらぶつくさ言っているジョットを放って、フィオは改めてランティスの周囲に目を向ける。仕事ドラゴンや観光客の姿はあれど、彼の連れらしき人影は見当たらない。

 彼はひとりきりだ。つまり、ナビを連れていなかった。


「ヒルトップさんはやっぱり、ナビをつけていないんですね。あなたの実力なら、ナビがいればハーディともパピヨンとも渡り合えるのに、どうしてですか?」

「僕はあくまで竜騎士として出場しているんだ。竜騎士にナビはいないからね。僕とコレリックの力だけで飛べなきゃ訓練にならない」

「だからって、あの霧の谷や坑道をナビなしで飛ぶって、命知らずですよ」


 ジョットの指摘を、ランティスは「まったくだね!」と明るく受けとめる。


「マイナー杯で勝てたからロードスター杯にはじめて挑んでみたけど、あんな危険地帯を飛ぶなんて! いやあ、何度か冷や汗をかかされたよ」


 そうは言いつつ、ランティスはキースにつづいて三位でエルドラドレースを制している。翼竜科を乗りこなす飛行技術、竜騎士団で鍛えた狙撃術は、ナビがいなくても侮れない。


「僕としては狙撃に自信があるから、抜かされても障壁区画ジャマーゾーンで挽回すればいいと思ってた。けどベネットさん、きみは僕より早撃ちだね!」

「そんな。フィオでいいですよ」

「すぐ気を許しちゃダメですよフィオさん!」


 肩からぬっと顔を突き出してきたジョットを、フィオは肘鉄を入れて黙らせた。


「ありがとう。僕のことも気軽にランティスと呼んでくれ。それで、僕はフィオさんと一度話してみたいと思ってね。きみたちの宿に立ち寄ったんだ」

「あ? 約束なしで会えると思ってんじゃねえよ」

「でも主人にまだ寝てると言われて、近くの食堂で待たせてもらっていた」

「ストーカーめ」


 さっきからうるさいジョットの手を思いきりつねる。悲鳴を上げる彼を不思議そうに見るランティスに、フィオは渾身の優雅な微笑みを向けた。


「なるほど。そういうことだったんですね。待たせてしまってすみません。でもそのお陰で、先ほどは助かりました」

「いや。きみたちが追われているように見えてつい飛び込んでしまったが、あの男たちは何者だったんだい?」

「ええと。それは私にもよくわからなくてですね……」


 言い淀みながら、フィオは後ろを見る。するとジョットはサッと視線を逸らした。しかしここは空の上。逃げられるはずもなく、フィオはふにふにの頬を捕まえて詰める。


「私とランティスさんにちゃんと説明しなさい。あの男の人たちは誰なの」

「か、過激ファンとかじゃないですか?」

「さっき『人さらい』だって言ったよね」

「あの時はそう思ったんです」

「『お迎えに上がりました』とか『いっしょに帰りましょう』は?」

「さ、さあ? 俺にもよくわかんないですね。なんかそういう妄想?」

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