96 凱旋 ランティス・ヒルトップ②

「じゃあ、ジョットくんはあの人たちとまったく面識がないのね?」

「な、いですよ……たぶん」

「どっち」

「ない! と思います!」


 シャルルが頭を振って不満の声を上げた。まったく相棒の言う通り、煮えきらない返答だ。ジョットが隠しごとをしているのは間違いない。

 けれど無理に聞き出すことは気が引ける。フィオとて実の両親やキースへの思いは、触れられたくない。秘密は誰でもひとつやふたつ、持っているものだ。

 ため息をついて、フィオは器用に体ごとジョットへ向き直った。


「これだけははっきりさせて。あの男の人たちは、あなたに危害を加える気なの?」

「そ、そんなこと俺に聞かれても」

「答えて。お願い。素振りとか気配とか、小さなことでもいい。あなたを守るためには大事なことなの」


 ジョットののどがコクンと鳴った。はぐらかされていた瞳がようやくフィオを映す。


「……あの人たちは、危険人物じゃありません。でも俺はいっしょに行くつもりはない。今はまだ、それしか言えません。けど、信じてください。フィオさんに迷惑がかかることはしません」

「どうやら、なにか事情があるようだね」


 横からじっと聞いていたランティスが話に加わる。


「僕から見ても、さっきの男たちは武器を所持していなかったし、ドラゴンをけしかけてくることもなかった。悪党というほどの気概は感じなかったよ」


 日々、ドラゴンも巻き込んだ犯罪者たちを相手にしている分隊長の観察眼は鋭い。ランティスの言葉は信用できる。

 そうするとあの男たちは、ひとり旅に出たジョットを連れ戻しにきたというところか。だけど彼らが口にしたのは、コリンズ夫妻とは別の名前だったようだけれど。


「もし心配だったら、ルーメン古国まで僕も同行しようか? 目的地は同じなんだから」

「はあ? 空気読んでくださいよ。ラブラブな俺とフィオさんの間に、あんたの入る隙間なんてないでしょうが!」


 男たちとジョットの関係が気になって、フィオは考え込む。

 発火石のように一度火がついたら、荒い気性を剥き出すジョットのことだ。どこかで恨みを買っていることもあり得る。


「もしかしてジョットくん、旅費に困って貴族を騙る詐欺とかしてない?」

「ちょ、フィオさんそれはひどいです!」

「はははは! だったら僕はますます、犯罪者かもしれないジョットくんを見張ってないといけないなあ」

「マジでやめろください! てか、気安く呼ばないでくれます!? 俺のことはウォーレスさんと呼びやがってください!」


 ジョットは最後まで喚いていたが、フィオはランティスの申し出をありがたく受けることにした。成人男性ふたりとドラゴン二頭に囲まれたら、太刀打ちできるか自信はない。

 ジョットを守るためには必要な判断だった。



 * * *



 ピッピ・ガルシアのシャツ男は、頭を抱えながらイヤフォン型伝心石で連絡を入れた。


「お嬢様。ピュエルお嬢様。応答願います」

『待ちくたびれたわ! ジョットは見つかったのよね!?』

「はい。見つけたには見つけたんですけどね……。ジョット様は『どこにも行かない』と申されまして……」

『なによそれ! どういうこと!? ちょっと、通信をジョットと代わりなさい』

「そ、それが、邪魔が入りまして。あー……今頃はジンゲートに向かわれたかと」

『なにやってるのよ! だったら早く追いかけなさい!』

「そうしたいのは山々なのですが、新聞記者に捕まりまして。どうやら誘拐犯と思われたみたいで、今必死に説得中です」


 汗が垂れる米神を掻きながら、男は後ろを見やる。少し離れたところで、同僚は小柄な女性記者に理解してもらおうと奮闘していた。

 ジョットに逃げられて、思わずドラゴンで追いかけた姿を、ばっちり転写機で撮られていたらしい。

 明日の朝刊に“激撮! 誘拐未遂現場!”なんて載せられては堪ったものではない。ピュエルお嬢様の名に傷がつく。

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