269 進め!未来へ③
どんなに姿形が違っても、言葉を交わせなくとも、心はなにひとつ変わらない。
「伝えにいこう。ドラゴンたちに、人間たちに。そして未来へ」
布の結び目をフィオと小竜で持ち、ブレ・プテリギオを運ぶ。先行してくれる山の族長につづき、踏み固められたシッポ草の生えていない道を進んだ。
「な、なんて数だ……」
白煙の防衛線から目と鼻の先に、竜鰭科の群は集結していた。
海上宿船〈バレイアファミリア〉で見た触手ドラゴン、フロル・バレリアをはじめ、ひなと同じブレ・プテリギオ、突起のある甲殻を背負ったシェル・パンツァー、槍のように長い一本角のストラティ・ランス、皮ふが透け骨が見える体と海草に似たひれを持つブラッド・ボーン。
多くは本の知識だけで、実物を見るのはフィオもはじめてのドラゴンばかりだ。
人間ふたりが煙から出てくると、竜鰭科たちはけたたましく吠え、角やひれを振り回す。しかし、中でも圧倒的存在感を放ち、白煙よりも高く長い体で立ちはだかるヌシだけは、微動だにしない。
「ロワ・ヨルムガンド……」
神に陸より追放された毒ヘビのウロコは、青から緑、緑から黄色へと、光の加減で表情を変えている。その表皮を、粘度のある不思議な水が覆っていた。
手脚と角はないが、頭部から生えた二対のひれは、天女の羽衣のように宙を泳ぐ。
美しく、偉大。
その威光にあてられたか、立ち尽くす山の族長を引き寄せ、下がらせる。すれ違い様、フィオは小さく礼を言った。
「海の王、あなたの同朋の子をお返しいたします」
ロワ・ヨルムガンドの目を見ないよう努めて、フィオはひな竜を慎重に地面に下ろす。布を外そうとした時、成体のブレ・プテリギオが鋭く鳴いた。親だろうか。子への深い愛情を感じながら、ひなを見せてやる。
全身に包帯を巻かれ、ところどころ血のにじむ姿は痛々しいが、ひなの意識ははっきりしていた。軽く尾ひれを動かして親を呼ぶ。
すると何頭かのドラゴンが身じろいだようだった。空気がざわめくが、張り詰めたものではない。ひな竜はまだ懸命になにかを伝えている。
「無理しないで。体に障るよ。もう帰れるからね」
ひな竜をなだめて、フィオはゆっくりとひざをついた。肩に小竜が寄り添う。視線だけで想いを交わし、勇気を奮い起こした。
「ひどいことをしてごめんなさい。簡単に許されないことだとはわかってる。信じてなんて言えないけれど、私たちはこれ以上争いを望んでない。もう傷つけ合いたくない。大切な存在を、失いたくないの……!」
誰よりも深い愛情で見守ってくれた兄。
「人間は変わる! あなたたちを知り、敬い、ともに歩んでいくことを願う! だからどうか、どうか……」
かけがえのない半身だった相棒。
「これからもずっと、友だちでいさせて……!」
小言を言われ、食費に悩まされる。代わり映えのないあの日に帰りたい。
「茶番はそこまでだ」
冷酷な声が背後から聞こえた直後、ひな竜の悲鳴が場をつんざく。
どこか血走った目で山の族長が笑っていた。ハンマーを振りかざし、傷ついたブレ・プテリギオの幼体に襲いかかる。
凶器が幼い命を叩き潰す寸前、フィオの肩から小竜が飛び出した。
鋭いうなりを上げて男の腕に噛みつく。族長は苦悶の声をもらしながら、腕をでたらめに振り回した。堪えきれず、口を放した小竜の胴を狙い、
なぎ払われる小さな体。地面に叩きつけられ、赤土の上を引きずられていく。
「おチビいっ!」
山の族長が舌打ちしていた。見れば手にハンマーがない。小竜を殴った時、手から獲物が抜けたようだ。
しかし男のギラついた目は萎えず、腰の短剣に持ち替えて、足でひな竜の尾ひれを押さえつける。
「シュガー。俺の愛しき妻よ。今こそお前の無念を晴らしてやる」
鍛え抜かれた刃が、炎天に掲げられた。
「さあ! 戦争の開幕だ!」
「やめてえっ!」
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