270 ロワ種大集結①

 * * *



「くそっ。あいつ、しつこい性格は千年前から変わらねえな」


 ジョットは執拗しつように追いかけてくるロワ・ドロフォノスを振り返って、ため息をついた。一刻も早くフィオと合流したいが、この暴れ竜を連れていくわけにはいかない。


「テーゼから説得できないのか?」

『無理です。元々オルグリオは粗野で短気な性格。人間は殺せと主張してきました。耳を貸すとはとても思えません』


 オルグリオ。それがロワ・ドロフォノスの名前かと、ジョットは胸中でつぶやいた。


『……でも、今日の彼には迷いが見える』

「迷い?」


 聞き返したが、テーゼは急旋回して答えを濁した。

 彼女も現代のテーゼと比べれば、人間に懐疑的だ。森の民たちと半共生していたのは単に、無駄な殺生を好まない彼女のおだやかさによるところが大きい。

 深夜、ジョットが押しかけた時も、テーゼは最初耳を貸さなかった。平行線を辿るばかりの話が傾いたのは、ココの父親が慌ただしく現れてからだった。


「なあ。テーゼはどうして俺に協力してくれる気になったんだ?」

『……あの森の男が言いました。「親愛なるテーゼと時渡りの友からの伝言だ」と。友、それはなにかと気になり、私は未来へ行ってみたのです』

「え!? いつ! ずっと俺の目の前にいたじゃん!」

『出発した時間に戻ってくるのは造作もないこと。あなたにはそう見えたでしょうね』


 こちらが瞬きしている間に、そんな芸当をやってみせたというのか。想像を越えた能力もさることながら、一切悟らせない感情制御も小憎たらしい。

 ひざに頬杖をついて、ジョットは鼻を「ふん」と鳴らした。


「興味を持ったなら言ってくれりゃいいのに。わざわざ未来まで。時渡りって体力使うんだろ。そこまでしなくても俺が――」


 命を削ってまで彼女は未来へ飛んだ。その事実に気づいてジョットは口をつぐむ。テーゼの顔をうかがうと、青緑色の目と合ってすぐに逸らされた。


『私は、あなたたちをこの時代に連れてきたのでしょう? 自分のことだからわかります。千年後の体ではもう、時渡りには耐えられない。なのに、なぜ。友とはそれほど価値のある存在なのか。自分の目で確かめたかったのです』


 背後から迫ってきたオルグリオをかわして、テーゼはひとつ吠える。その鋭い声は威嚇のようにも、聞けと訴えかけているようにも聞こえた。


『未来のドラゴンは、驚くほど豊かな心を持っていました。私たちよりずっと生き生きと、自由に見えたのです。それは人間と過ごすことによって、彼らの複雑な感情を学んだからだと気づきました。知り合えば許し合える、助け合える。なんて愛しく、尊いこと。あなたもそう思ったから、人間を選んだのでしょう?』

「え、あ、うん? 人間? まあそう」

『自覚がないのですね』

「どういうこと?」


 なんでもありません、とテーゼは地上に目を移した。

 ロワ・ベルクベルクがヒルトップ村を踏み荒らし、炎と白煙を上げる草原の向こうでは竜鰭科がにらんでいる。

 あわてふためく人間はドラゴンを牽制しながらも、反撃より怪我人の救助に奔走しているようだった。


『力をもって破壊し従えさせることは、貧しい者のすることです。違いますか、オルグリオ』


 テーゼがサッと振り返る。オルグリオはすぐ頭上まで近づいていた。しかし六枚羽を巧みに操って宙に留まり、襲いかかってくる様子はない。

 一定の距離を保ち旋回するテーゼと同様に、ジョットも油断なく相手を見つめる。と、その時、テーゼとは別の声が内側で響いた。


『俺の同朋と同じく、人間に毒されたか。テーゼ』


 現代でも聞いた、これはオルグリオの声だ。


『今さらだ。今さら信じられるはずもない。やつらは仲間を数えきれないほど殺してきた!』

『ええ。そして私たちも人間を殺した。してきたことに差はないはずです』

『差はないだとっ。見ろ! 人間はか弱い子どもを狙い、エサにした! 勝つためなら手段を選ばない、いかにも蛮族のおこないだ!』

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