271 ロワ種大集結②

『一を見て十を知った気にならないことです。あなたは子どもを助けようとする人間の女性の姿が、見えませんか』

「フィオさん!」


 闘技場コロセウムから出てきたフィオが見えて、ジョットは身を乗り出す。彼女は男たちの手を借りて、喧騒の中、布にくるまれたものを運ぼうとしていた。

 あの布が先ほど見えた傷ついたひな竜に違いない。フィオたちは民家の影に隠れながら、どんどん正面階段のほうへ向かっていく。

 避難しているわけじゃないと気づいて、ジョットは凍える手を握り込んだ。


「群に返すつもりなんだ。助けないと!」


 テーゼ! と呼びかけた声は、ドラゴンのすさまじい咆哮に掻き消される。見ると、フィオたちの前にロワ・ベルクベルクが立ちはだかっていた。人間の抵抗など物ともせず、突進の構えを取る。

 瞬きも忘れ乾いた眼球が突如、光と熱に焼かれた。


「うわ! なんだ!?」


 目を覆うジョットの横を、火の爆ぜる音が駆け抜けていく。次に目を開けた時には、ヴィゴーレがロワ・ベルクベルクを押し潰していた。


『ヴィゴーレ! あなたは賢明だと信じていましたよ』


 心なしかテーゼの声が弾んでいる。すると、オルグリオよりも低い声が応えた。


『お前が角のつけ根を舐めてくれるなら、ぬしどもをまとめて相手してもいい』

『あなたの体温は、私には火傷するくらい熱いから嫌です』

『それはいい。ついでに心にも俺を刻みつけてくれ』


 あれ。なんだかいい雰囲気では?

 けして交信で飛ばしたつもりはなかったが、ジョットはテーゼからにらまれた。


『今のは聞かなかったことに。いいですね』

「アッ、ハイ」

『僕の上でいちゃいちゃすんなー!』


 そこへ若い声が割り込んできた。ロワ・ベルクベルクだろうか。ダイヤモンドの三本角を振り上げ、ヴィゴーレを追い払う。

 ジョットが慌ててフィオの姿を追うと、彼女は無事にロワ種の足元を抜けて、大通りの脇を走り出していた。

 ロワ・ベルクベルクを軽くあしらって、ヴィゴーレはせせら笑う。


『これだから癇癪かんしゃく持ちのお子さまは。俺もテーゼも争うなと言ってるんだ。目上には従うものだぞ、イグナー』

『ヴィゴーレはただテーゼの前でかっこつけたいだけだろ! 敬いたい目上になってから言ってよね、おっさん。人間は毎日僕の住処でトントンカンカンうるさいんだよ!』


 ロワ・ベルクベルクことイグナーは、小高い丘のほうへ走っていき尻を突き出した。すると背中の甲殻がパッと開き、半透明の羽がまっすぐに伸びる。

 前脚で勢いよく踏みきると同時に、羽がすばやく振動し宙を飛んだ。

 そしてヴィゴーレを追いかけはじめる。だが飛行は得意ではないようで、高度も速度も上がらない。よせばいいのにヴィゴーレは、そんなイグナーの目の前をわざわざ飛んだ。


「あのゴツさで飛べたのか……。それだけで凶器だな」


 声だけを聞けば、完全にいじめっ子といじめられっ子のそれである。しかしイグナーが壊し回った建造物は数知れず、今なお不安定な飛行でやぐらを倒していた。

 いつ下りる、いや落ちてくるともわからない巨体に人々は恐怖し、風圧で吹き飛ばされる。

 はっきり言っていい迷惑だ。


「テーゼ、そろそろ止めないと。人間たちまで怒り出したら、それこそ手がつけられないぞ」


 ヴィゴーレとイグナーを指してジョットは訴える。

 一番気がかりなのはフィオだ。彼女が向かう先にはロワ・ヨルムガンド、そして数多の竜鰭科ドラゴンがいる。四頭のロワ種が束になったって、収められるかわからない。


「ぐずぐず争ってる場合じゃないんだ。フィオさんに協力して、みんなで竜鰭科ドラゴンをなだめないと!」


 もうひとりにしない。なにがあっても隣にいる。


『いいや、小僧。手遅れだ。俺が望みを断ち切るからな!』


 ハッと振り返ったジョットと入れ違うようにして、オルグリオが駆け抜ける。三対の翼が狙う先には、階段へ差しかかろうとしているフィオたちがいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る