268 進め!未来へ②

 あまりの熱さにフィオは顔をかばったが、見間違えるはずもない。


「自然科ロワ・ヴォルケーノ、ヴィゴーレ! あなたなの!?」


 フィオの声に反応したように、ヴィゴーレは炎の勢いを収めて首をかしげた。なにか透明な触手のようなものが、フィオの心に触れる気配がする。

 しかしそれは、角を振り回しはじめたロワ・ベルクベルクからヴィゴーレが離れたとたん、途切れた。


「今のはヴィゴーレの交信……! あなたも人と敵対していないのね!」

「今だ! 走り抜けろ!」


 ヴィゴーレの急襲を好機と見て、山の族長は民にげきを飛ばす。担がれていくフィオを、ヴィゴーレの紅玉の目がじっと見つめていた。

 話したいこと、聞きたいことがたくさんあるが、今は時間が許してくれない。


「……私の選択は間違ってないかな……」


 それでも前へ進むしかない。この先にシャルルとキースが待っていると信じて。


「正面の門が見えた! もうすぐだぞ!」


 山の族長の声に目を向けると、ヒルトップ村の石門が近づいていた。


「この先は階段だ! 根性でしがみついてろ! 一気に行く!」


 無茶な、と思ったが悠長に担ぎ直している暇などない。フィオは片腕にブレ・プテリギオを抱え、後方側の板を掴んだ。

 そこへ六枚羽の翼竜、ロワ・ドロフォノスが猛追してきていることに気づく。


「族長さん! ロワっ、ヌシが来てます!」

「なに!?」


 山の族長が振り返った時、御輿みこしは石門を通過する。その先はもう、断崖絶壁と言ってもいい急勾配の階段だ。そこを見計らっていたかのように、ロワ・ドロフォノスは翼を畳み、頭を下に向けて超加速する。

 石門は風前の砂山だった。一瞬にして砕け散り、弾けた粉塵ふんじんからおどろおどろしい鉤爪がぬっと現れる。

 フィオたちはどうしようもなかった。一縷いちるの望みを抱いて、階段へと飛び込む。フィオの目の前でロワ・ドロフォノスの爪は虚空を掻いた。しかし次の瞬間、三対の翼が勢いよく開き、大気がうねる。


「やば……!」


 そう思った時にはもう、瞬撃の翼がくり出した風に吹き飛ばされていた。


「うわあああっ!?」


 護衛も担ぎ手も、木の葉のようになぎ払われる。フィオがしがみつく板は煽られて、せつな宙に浮き上がった。


「族長さん!」


 殿しんがりを務めていた族長が、階段へ落ちていく姿が目に飛び込み、フィオは夢中で手を伸ばす。手首を捕まえるや否や、ありったけの力で引き寄せた。

 ふたりして雪崩れ込むように板へ倒れた時、ドッと階段に着地する。もはや担ぎ手のいなくなった御輿はしかし、止まることなく急勾配を駆け下りはじめた。


「いやああああっ!?」

「ああああああっ!?」


 絶叫するフィオと山の族長を乗せ、板はどんどん速度を上げていく。

 無意識に族長の髪をわし掴みにしていたフィオは、ブレ・プテリギオを放してしまったことに気づいた。慌てて目を走らせると、小竜がひな竜のくるまる布をしっかりくわえている。

 ホッとしたのも束の間、最下段まで一気に滑り下りた板は、赤土に突き刺さって乗っていた者たちを全員前方へ放り出した。


「いってえ……っ。ひどい目に遭った」

「ひな!? ひな! だいじょうぶ!?」


 顔面についた砂を払う族長の脇を抜け、フィオはブレ・プテリギオに駆け寄る。

 布をめくり顔を確かめた。顔色はわからないけれど、頭をなでて反応を見る。まぶたが重そうに開いて、深い海色の瞳がフィオを映した。すると、管楽器のように澄んだ声が、か細く応える。

 まるで返事のようだった。フィオは息を詰め、震える唇を引き結ぶ。

 聞き間違い?

 虫のいい妄想?

 喜びと怯えの狭間で揺れるフィオを、ブレ・プテリギオはまっすぐ見つめていた。その無垢な目がすべてを物語る。


「あ、りがとう。必ずあなたを守るからね」


 そっと寄せた額は、静かに受けとめられた。触れ合った肌からドラゴンのやさしさが染み渡り、フィオの心をおだやかに包む。

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