267 進め!未来へ①

 フィオはありがたく甘え、板に乗った。ブレ・プテリギオが落ちないよう押さえつつ、小竜を肩にとまらせる。


「みんなに力を貸してあげて」


 頭をなでてやると、小竜はもったいつけるように翼を広げた。しょうがないなあ、と声が聞こえてきそうな表情だ。

 腰を入れ、足で踏んばり、かけ声とともに板を持ち上げた担ぎ手たちは、そろって不思議そうな顔をする。小竜が風のマナで重さを軽減しているとは、夢にも思わないだろう。フィオは小竜と顔を合わせてくすりと笑った。


「行くぞ! なにがあっても止まるな! 走りつづけろ!」


 ハンマーを振りかざした山の族長の号令が響き、護衛の三人が先行する。すぐさま担ぎ手たちも走り出し、フィオは板にしがみついた。

 大扉から薄暗い通路を抜け、闘技場コロセウムを出る。すぐに煙のにおいが濃くなった。民家の向こうには、白煙の柱が何本も立ち昇っている。

 人々の怒号、悲鳴、なにかが壊れる轟音ごうおんを切り裂いて、ドラゴンの咆哮が響く。


「物影を伝っていけ! 頭上にも注意しろ!」


 山の族長の指示通り、担ぎ手と護衛は民家に隠れながら進んだ。角が来る度に足を止め、誰もが息を殺して耳を澄まし、ドラゴンの気配を探る。

 シッポ草が功を奏しているようで、群はまだ村に侵入していなかった。暴れ回っているのは、煙ぐらいでは怯まないロワ種だけらしい。


「テーゼ、ロワ・ドロフォノス、さっき大地のヌシも出たって聞こえた。鉱物科ロワ・ベルクベルクかな。ロワ種がこんなに集まるなんて、なにが起きてるの。襲われたのは竜鰭りゅうぎ科なのに」


 フィオはブレ・プテリギオを見やり、耳を寄せて呼吸を確かめる。紫がかった深い青の瞳が、フィオを静かに映していた。もう抵抗する力もないのかと焦ったが、ドラゴンはしっかり呼吸している。


「もうすぐ仲間の元に返してあげるからね」


 微笑みかけて、ふと思い至る。


「仲間……。もしかしたらドラゴンは、種類に関係なく情報を共有しているのかも」


 あり得ない話ではない。相棒となった人とドラゴンは種の隔たりを超えて、互いの感情を分かち合える。ロワ種はその感覚機能がより優れているのかもしれない。


「全員が呼ばれた、ロワ・ヨルムガンドに? でもテーゼはジョットくんに協力してる。ロワ種も一枚岩じゃない……?」

「見られた! こっちに来るぞ!」


 山の族長の声が、フィオを思考から叩き起こす。板がガクリと揺れ、ブレ・プテリギオをかばったその時、目の前の民家が踏み潰された。紫から黄色へ光沢放つ装甲を辿って、顔を上げる。


「ロワ・ベルクベルク……!」


 ダイヤモンドの三本角を振りかざした鉱物科の王は、山をも揺るがす咆哮を上げた。


「くそっ。なんて声だ!」


 あまりの爆音に肌がビリビリと粟立ち、脳を揺すられる錯覚に陥る。立っているのがやっとの担ぎ手へ、ロワ・ベルクベルクの鋼蹄こうていが振り下ろされた。

 護衛のひとりがすかさず間に入り、担ぎ手を押しやる。平衡を失った板からフィオとブレ・プテリギオが滑り落ちた時、兵士は下敷きにされた。

 なにかを叫びそうになる唇を噛み、フィオは手のひらに爪を立てる。


「立てえ! 走れ! 行けっ、行けえ!」


 民家の瓦礫がれきを投げつけながら、山の族長が叫ぶ。引きつけてくれている護衛たちに背を向け、フィオは担ぎ手たちとブレ・プテリギオを板に戻した。

 小竜とともに急いで乗り込み、持ち上げてもらう間にもロワ・ベルクベルクの影が迫ってくる。

 強張る首をひねった時、鉱物科の王は後ろ脚で立ち上がって勢いをつけ、人間を叩き潰そうとしていた。

 と、そこへ、フィオの視界に赤い小さな光が舞い込む。


「え、火の粉?」


 せつな、空が赤く光った。ロワ・ベルクベルクの頭に、爆ぜる灼熱の翼が襲いかかる。鼓動とともに燃え上がる胸部、牙から滴るマグマのだ液。火山の号砲のごとき声を響かせ、噴き上がる炎翼えんよくは大地をも溶かす熱と光を放つ。

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