266 頼もしき援軍

 ぎゅうと閉じたまぶたの裏に浮かんできたのは、両親でもキースの顔でもない。

 ジョット。

 あなたのロードスターになってみせたかった。


「フィオさあああんっ!」


 思い描いていた彼の声が響いた直後、頭上で激しい衝突音が弾ける。鉄格子越しの空、ロワ・ドロフォノスの横腹に、大木のようなドラゴンが突進していた。枝に似た角に突き飛ばされて、翼竜王は堪らず身をひるがえす。


「テーゼ……!」


 萌える青葉の双翼、大地を抱く根のような尾、露まとう苔に覆われた姿は瑞々しく、生命の躍動にあふれる。

 植物科の女王アンティーコ・トラヴァー。フィオは胸元を握り締め、今は亡き友の麗姿れいしを目に焼きつける。手の下、胸当て布に収めた種が、熱を帯びている気がした。

 そのテーゼの背上はいじょう。意識せずともはっきり感じる存在に、フィオは目を移す。


「ジョットくん……」

「あなたが勝手なことばかりするから、俺も勝手にします。あなたがどんな覚悟決めようと、俺が現代に連れ戻す」


 いつだって豊かに感情を伝える面差しが、まっすぐな金色の眼光が、太陽を背負ってかげる。そのまぶしさにフィオは目を細めた。


「あなたと俺の夢はまだっ、叶えてないでしょ!」


 旋回してきたロワ・ドロフォノスに気づいて、テーゼはすばやく羽ばたいた。木の葉のさざめく音とともに、翼竜王を上空へ引きつける。フィオの髪を揺らした風は、土と水のにおいがした。


「なんで、かな。あなたはいつも、私が弱っている時に来るね。そんな姿見られたくないのに……助けて欲しいなんて言ってないのに。いつもあなたは……」


 迷惑でしかない。立てと言われても、体は傷だらけだ。

 痛くて、苦しい。なにもかも手放して、うずくまっているほうが楽だってわかっている。

 けれどあなたは――。


「私の心の叫びを代わりに言ってくれる。本当に歩きたい道へ導いてくれる」


 あなたを見た瞬間に震え出した体が、うるむ目の熱が、駆け出したくなる足が、教えてくれた。


「あなたと帰りたい。夢を叶えて、ロードスターになりたいよ……っ。もう誤魔化したりなんかしない」


 新たな誓いを刻むフィオを、小竜の慌てた声が呼ぶ。ハッと振り返ると、観戦席に留まっていた山の民たちが、ブレ・プテリギオに近づいていた。


「なにをするつもりですか!」


 男たちを牽制けんせいする小竜に加勢しようとしたフィオは、進み出てきた山の族長を見て止まる。族長はハンマーを地面に置いた。


「俺たちにも手伝わせてくれ。あのドラゴンを群に運ぶんだろ」


 彼はちらりとブレ・プテリギオを見やった。七人の山の民は、海の民が引いてきた荷車を壊しはじめている。ドラゴンに手を出す素振りはない。

 怪訝な視線を送るフィオに、山の族長はかすかに口角を持ち上げた。


「荷台の板はまだ使える。担ぎ手四人とあんたを、三人の兵士と俺で護衛しよう」

「他の兵士たちは」

「加勢に行かせた。こうもヌシに飛び回れちゃ、逃げるのも容易じゃない。つまり、俺も若造とあんたの案に乗ってやるってことだ。女をひとりで行かせるのも夢見が悪いからな。見たところあんた、足悪いようだし。まあ、信用ならないってんなら、俺たちは他を――」

「ありがとうございます! 助かります!」


 山の族長の手に飛びついて、フィオはにっこり笑った。面を食らったような族長は、目を泳がせて「まあ」とぶっきらぼうに答える。

 山と聞いて浮かぶのは、エルドラド国のタルタル連峰だ。山の族長はジンやトンカチの先祖にあたるのだろうか。そう考えると、素直じゃないところが似ている気がする。


「私も手伝います!」


 握った手を一度強く振って、フィオはブレ・プテリギオの元に戻った。山の民たちが荷車から外してくれた板に、息を合わせてドラゴンの体を移す。


「おい、あんたも上に乗れ。その足じゃ足手まといだ」


 壊れた大扉に向かおうとしたら、山の族長にそう呼び止められた。言葉は乱暴だが、声色に気遣いを感じる。

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