47 開幕!ヒュゼッペレース①

『はい。自分じゃなくて選手の情報を伝えてくださいね。えー、選手はドラゴンに乗って、定められたコースを一周する時間を競います。コース内には必ず一ヶ所以上、障壁区画ジャマーゾーンと呼ばれる区画が設けられ、ライフルで標的を獲得するまで次に進めなくなります。スカイさん、ここがドラゴンレースの見所のひとつですよね』

『過去に大逆転劇が何度も起こってますからねー。ああ、俺に狙撃力があればもっと勝てたのに……』

『反省は家でしてください。そしてもうひとつの見所と言えば、選手同士の激しい攻防です。ドラゴンレースでは、選手間の妨害が認められています。特に染料弾の狙撃は、被弾選手にペナルティ時間が加算されるルールです。部位ごとのペナルティは次の通り。胴体〇.五秒。手足一秒。頭部二秒。なお、ドラゴンへの狙撃は無効です』

『まあ、このクラスに出るライダーはまず、当てられるような動きしないっスね。もし当てるライダーが出てくればやべえ腕の持ち主か、当たったやつが相当のまぬけかですよ』

『スカイさん、言葉遣いには気をつけてください。とはいえ、私もそんなやべえライダーを目撃できるかと、とてもわくわくしております』

『わかってんじゃないっスか、パクさん。うえーいっ』

『うえーいっ。さあ! 会場にお越しのみなさんも盛り上がっていきましょう! つづいては優勝候補選手の紹介です!』


 反響石を通した実況者の声が、競技場コロセウムに集まった七万人の観客を煽る。返ってきた歓声は、ゆうに輝石の力を超えて、しばし進行を妨げた。

 お気に入り選手の名前が入った旗を振る者。ドラゴンの形をした帽子をかぶって踊る集団。笛や太鼓で盛り上げる者たち。そして、上空を飛んだり、ひさしにとまったりしているドラゴンたち。

 思い思いにレースを楽しむ観客たちの姿が、会場に設置された巨大水鏡すいきょう石に映し出されている。フィオは懐かしさを込めてそれを見上げた。

 帰ってきた。その思いには喜びと緊張、少しの感傷が複雑に絡み合う。


「ふぃ、ふぃおさん! だいじょーぶですか! キンチョーしてませんか……!?」

「私は慣れてるけど。あなたはだいじょうぶじゃなさそうね、しょーねん」


 胸を押さえて項垂れるジョットに、フィオは苦笑を浮かべる。こんな大勢の人間に囲まれることはまずないから、動揺するのも無理はない。


「ぜっんぜん余裕ですよ! って言いたいところですが、上がり過ぎてゲロ吐きそうです……」


 何度も深呼吸をくり返しているジョットは、本当に具合が悪そうだ。フィオは唇に触れて、少しでも気持ちを軽くできないか考える。

 要は、大勢の観客を気にしなければいい。

 パッと思いついて、フィオはジョットの顔を覗き込みながら首をかしげた。


「私だけを見て? 私のナビさん」

「アーーッ! 尊みの極みーー!」


 冗談半分だったが、ジョットは急に天を仰いで、謎めいた呪文を元気に叫んだ。そばにいたシャルルがびっくりして、目をまるくしている。


「どちゃくそキマりました。ありがとうございます。フィオさんは万病に効きますね」

「よくわかんないけど、元気になってよかった?」


 その時実況者が、ひと際熱を入れて叫んだ。


『さあさあ! 男性ファンの方々お待たせいたしました! 前々回優勝者にしてシャンディの海が生んだ美の宝石! パピヨン・ガルシアとナビのピッピ・ガルシア! 騎乗ドラゴンはもちろんグレイスです!』


 競技場中央にいる桃髪の女性ふたりが、手を振って応える。すると会場が野太い歓声の地響きで揺れた。

 姉のパピヨンは、高くひとつ結びにした髪を優雅に振る。雑誌モデルとしても活躍する彼女のライダースーツは、肩にラメが入り、タイツは網目状のこだわり仕様だ。艶めく小麦色の肌が、紫の瞳をいっそう魅力的に煌めかせる。


「グレイス。調子はよさそうだね」


 フィオは、パピヨンの横で澄まし顔をしているドラゴンに目を向ける。

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