46 少年の決意③

 やる気を削いでしまったかと思ったが、ジョットのつぶやきには闘気が満ちている。

 なるほど。どうやらキースの名前を出したことが、お気に召さなかったらしい。対抗心を燃やしているなんて、意気だけは一丁前だ。

 無意識に義兄の名前をつむいだ唇に爪を立て、フィオは腰を上げる。


「じゃあ、発信石と地図の試運転も兼ねて、森で障害物回避飛行しようか」


 とたん、シャルルがハーネスをくわえてしっぽを振り回す。


「あ、そだ。その前に」


 しかしフィオが背中を向けて、相棒はべしゃりと突っ伏した。


「ライダーとナビに一番大切なもの忘れてた」

「なんですか?」


 興味を引かれたジョットの前に、フィオは小さい布袋を取り出す。手のひらに向けて傾けると、黄色い石の二連イヤリングが滑り出てきた。


「これ、伝心でんしん石?」

「これがないとやり取りできないもんね」


 伝心石は、割った石同士で音声通信できる輝石きせきだ。それを改良し、マナ波を覚えさせれば最大三つまで連絡先を登録できるようになっている。


「ちょうど黄色があるし、それは少年用に使おう」

「俺用の、フィオさんと通信できる伝心石……!」

「つけてあげるね」


 フィオはイヤリングをつまんで構える。ぷっくりした耳たぶに触れると、ジョットは身を強張らせたようだった。それには気づかないふりをして、手早く留め具を固定する。もうひとつ、チェーンで繋がったカフを軟骨部分に挟んだ。

 そして、自分の片耳にも水色の伝心石を装着する。


『わ。きれいです。フィオさんの目と同じ色だ』


 肉声と伝心石から流れるジョットの声が、重なって聞こえる。


「少年も悪くないよ」


 ひねくれた返しだったが、ジョットはイヤリングに触れて石と似た目をうれしそうに細めた。

 こうして並んでみればよくわかる。少年の目は茶色や緑の色素が、薄く発現したというわけではない。沈みゆく太陽のように、金色こんじきの光を湛えている。

 こんな瞳を持つ人ははじめてだ。

 ふと、ジョットはくすぐったそうに笑った。


『これめっちゃ最高です。フィオさんが耳元でささやいてくれてるみたい』

「バカなこと言ってないで、記憶石とよおくにらめっこしてなさい。私を見失うようじゃ、ナビなんてほど遠いからね」


 今のいい。

 ひとりごとのつもりだろうが、伝心石で繋がったフィオの耳にはしっかり届いている。今度こそ! とハーネスをくわえたシャルルをなでてやりながら、フィオはため息をついた。

 夕陽なんて柄じゃない。少年は無垢なひなただ。

 ハーネスをつけるフィオの心を受け取って、シャルルは楽しげに翼をパタパタ揺らした。




 三週間後、大会当日。


『さて、ついにこの日がやってまいりました。ドラゴンレースファン待望! 三年越しのロードスター杯です! 開幕レースはもちろん、風と平原の国ヒュゼッペが首都アンダルト! ジュニア杯、マイナー杯で優勝した者だけが参加できる、まさに頂上決戦。最速の星・ロードスターの栄冠に輝くのは誰なのか!? 実況はわたくしロ・パクパクがお送りします。そしてお隣には、解説のスカイ・クロウさんにお越し頂いております。クロウさん、よろしくお願いします』

『スカイって呼んでください。よろしくお願いします。むちミルクアイス、マジでおいしかったでーす!』

『ヒュゼッペ名産、むち麦をエサとする乳牛から絞ったミルクアイスですね。えー、それではここで改めてドラゴンレースのルールを確認したいと思います』

『ういっす』

『ロードスター杯は世界五大国で開催されるレースです。全五レース中、上位四位に二度入った選手が、最終レースへと駒を進めることができます。スカイさん、どの国のレースに出るか。この選択も重要になってきますね』

『うす。自分の得意なコース、ドラゴンと相性のいい環境の国を選ぶのが、勝利のカギっスね。ちなみに俺はエルドラド出身でーす』

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