45 少年の決意②

 ジョットを見つめて、フィオはやわらかく目を細めた。


「あなたが風向きを変えてくれたのかな」

「えっ。俺はそんなっ」


 うつむいて、もじもじと服をいじる少年に歩み寄る。

 朝日の下、改めて見る体は華奢きゃしゃだ。七分丈のパンツから伸びる足は未発達で、まっすぐに細い線を描いている。サムホールつきの袖から覗く指は、骨が少し浮き出ていた。

 だけどジョットには妙な美しさがある。

 オフショルダーの上着から、丸い肩があらわになっているせいか。それとも黒髪が、鎖骨やうなじの白さを際立たせるからなのか。

 これは母性? 庇護ひご欲?

 名前のつけがたい力に引き寄せられ、フィオはジョットに手を伸ばす。


「フィオさん?」


 あどけない声で我に返り、視線を外した。

 私のことは平気みたいだけど、あんまり触られるのは嫌だよね。年頃の男の子だし。


「なんでやめるんですか。フィオさんならうれしいのに」

「んなっ!?」


 行き場のなくなっていた手を掴まれて、フィオはぎょっとする。ジョットはフィオの手を頬にあて、幼体ドラゴンのように甘えた。

 金の目がいたずらめいた光を帯びて、見上げてくる。


「ほら。フィオさんからも触れてください」

「しっぽの刑!」

「げ。またそっ、ぎゃふ!」


 シャルルの尾に脳天を叩かれて、ジョットはうずくまる。腹立たしいほどすべすべだった感触は記憶から抹消し、フィオはふんぞり返った。


「そういうセリフは十年早い! もっと大人の余裕とか知性を身につけてから、同年代の女の子に言いな。マセガキ」

「えー。俺年上が好みなんですけど」

「聞いてません」

「あ。もしかしてフィオさんは、知的で余裕ある感じの男が好きですか?」


 転んでもただでは起きないジョットを残して、フィオはさっさと鍋の元へ戻った。




「こんなぺらい石板が地図には見えませんけど」


 仕事終わり、フィオはジョットをアンダルト北西部に広がる森へ連れてきた。ロードスター杯運営委員から渡されたトランクを開けつつ、夕食をつまむ。

 本日の献立はミンチ肉のフライサンド春キャベツましまし。そしてフィオ限定ゆでたまご。どちらも配達先から頂いた応援の品だ。


「軽く二回叩いてみな。どこでも」


 指を振ってみせるフィオの言う通り、ジョットは手のひら大の石板を二回叩いた。すると光が放たれ、緑の線で描かれた街が立体に浮き上がる。


「わっ。これ記憶石なんですね!」

「そ。今映ってるのがアンダルトね。もうちょっと引いてみようか。石板の上で指をこう動かして……」


 風景などを立体再現・保存できるのが記憶石だ。フィオは石の上で、二本の指を閉じるように動かす。するとアンダルトの街は小さくなり、周りの畑や今いる森まで映し出された。


「この森を今度は拡大」

「わかりました! できますよ」


 ジョットは森が中央へくるように動かし、二本の指を開いた。映像の森がグッと迫る。


「さすが若者。飲み込みが早いね。で、地図と連携させてあるこの発信石をつけると」


 ブローチ型の赤い発信石を、フィオはスカーフの結び目につける。すると地図上に、円で囲まれた“五〇”の数字が表示された。


「フィオさんの登録番号! これでライダーたちの動きを把握するんですね」

「そうだよ。今週末には参加確定した選手一覧が発表されるから、ナビは番号と選手名を覚えるの。もちろんコースもね」

「うへ……。コースってこの青のとこですよね。覚えること多い」

「他にもライダーとドラゴンの特徴、癖、戦略、最近の成績なんかもキースは片っぱしから頭に入れてたけど。もちろん少年は無理しなくていいよ。私が覚えるから」


 みるみる沈んでいくジョットがおもしろくなって、フィオはにやりと笑う。しかしやり過ぎたか、恨みがましい目でにらまれた。


「フィオさんそれ、わざと言ってます?」

「えっと、ごめんね?」

「はあ。絶対覚えてやる……」

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