48 開幕!ヒュゼッペレース②

 ガルシア姉妹が美の宝石と呼ばれる由縁、鉱物科マル・ボルボレッタだ。その翼はオパールの輝きを放ち、光によって七色に変化する。体色は緑がかった海色で、青紫の角と目の美しさはため息が出るほどだ。

 しかし可憐かれんな見た目に惑わされてはいけない。前回は惜しくも二位だったものの、彼女たちは優勝経験のある強者だ。


「ねえねえ。少年もピッピちゃんいいなとか思わないの?」


 ピッピを指して、フィオはジョットを見やる。ショートヘアをくるりと巻いたピッピは、ぷっくりした唇から投げキッスを贈り、ファンたちを沸かせていた。

 奇抜な服が好きで、よく注目を集めている。今日のような細身のパンツとオーバーサイズの上着は、彼女が流行らせた。

 おまけに相棒ドラゴンは、小竜科のヴュー・ソシオ。短足で、肉厚な丸い体型がブサかわいいと人気の種だ。

 ちょうどジョットくらいの若者から、絶大な支持を得ている存在だった。


「え? 全然。だってフィオさんのほうが一兆倍きれいですから」


 フィオの脳裏に、イスに寝そべったり、スープの量にケチをつけたりしていた自分のあれやそれやが過る。


「……私は少年の未来が心配になってきたよ」


 ジョットが首をかしげた時、会場が再び熱狂に包まれる。その歓声はガルシア姉妹の比ではなく、質量を帯びて鼓膜をつんざいた。


『最後に満を持して紹介するのは、前回初出場にして、ロードスターに輝いた超新星! 王者ハーディ・ジョーとナビのザミル・リー! 騎乗ドラゴンはなんとっ、ロワ種のヴィゴーレです!』


 ライダーたちの間に走った緊張を、フィオも肌で感じた。誰もが視線を向ける先には、ひと回り大きなドラゴンが君臨している。

 自然科ロワ・ヴォルケーノ。マグマを固めたような赤い目と角を持つドラゴンの胸部は、息をする度に赤々と光る。頭部から背中にかけては、炎のたてがみが燃えていた。

 一説には火を吹くと言われる自然界の竜王が実在するなんて、誰が思っていただろうか。かたわらの青年に大人しくなでられている姿を見ても、まだ信じられない。


「フィオさん、ロワ種って人間の相棒になるんですか?」

「なかった。三年前、彼がロードスター杯に出るまでは誰も、想像しなかったよ」


 ナビのザミルにつつかれて、ハーディは今歓声に気づいたという様子で振り返った。黒髪で顔を隠すようにして、たどたどしくファンに手を振っている。

 彼らはここより遥か南東の離島出身だと聞く。ほとんど隔絶した地で育ち、一度だけ出場したジュニア杯も、規模が小さ過ぎて記者たちは見落としていた。

 まさに爆発的に生まれた新しい星だ。

 ふいに、ジョットがびくりと震えて一歩下がる。


「どうしたの?」

「……いえ。なんでもないです」


 そう言いながら少年が一瞥いちべつした先を辿ると、ハーディがこちらを見ていた。偶然だろうか。なんだかあちらも、ザミルが不思議がっているように見える。

 ザミルのドラゴンは鉱物科のヴェル・スカルロットだ。灰色の体に、赤いガラスの翼と爪、角を持っている。

 鉱物科の中では速い種だということを除けば、一般的なドラゴンだ。そのことに少しだけ安堵を覚える。


「で。フィオさんはいつ紹介されるんです? これから後編がはじまるんですか?」

「さも当然のように真顔で言うのが怖いよ、少年。紹介はたった今終わったから。『最後に』って実況の人言ってたから。前回優勝者のあとにそこそこのライダー紹介されたら会場凍りつくからね?」


 ジョットは血管が切れそうなくらい目玉をひん剥いた。


「はあ!? フィオさん紹介しないとかどこに目えつけてんだ運営の無能ども! この人が優勝することは参加登録した時点で確定だろうが! 表彰台の真ん中に立ったフィオさんを、カスカスな頭ハゲるくらい後悔して拝めっ!」

「そういう言葉をどこで覚えてくるんだい、あなたは」


 にこにこ笑顔のコリンズ夫妻が思い浮かぶ。いや、考えたくない。怖い。

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