181 強風の戦い①

 シャルル。フィオが呼びかけると、相棒は待ってたと言うように吠える。風を切って羽ばたきジンを抜くと、牽制けんせいし合っていた翼竜科たちの前に出た。

 そこへ、近づいてきたリルプチ島の砂浜に、ひとつ目の障壁区画ジャマーゾーンが見えてくる。先頭を翔るハーディとパピヨンが、今まさに突入しようとしていた。


「思った通り、のろまな飛跳石ラットだね」


 護石ごせきが展開する半透明の青い箱へ入った二頭は、速度を落とさないまま飛行し、噛みつく仕草をしている。染料弾で動きを鈍くするまでもない獲物だ。


「シャルル、このまま前を追って!」

『現在四位! 後続も来てます!』


 前の鉱物科ドラゴンにぴたりと張りついて、シャルルも障壁区画ジャマーゾーンへ飛び込む。その間際、フィオはバサリと宙を舞った白いシーツに、自分の名前が書かれているのを見た。


「フィオちゃんしっかりいーっ!」

「いけえっ! そこだあ!」


 それを持つ人物まで見ている猶予はなかった。けれど風に乗って届いた声は、確かにペギーとビッケスのものだ。

 とたん、ぞくぞくと胸が高まり、口角が勝手に持ち上がる。フィオは前を見据えたまま、片手の拳を突き上げた。

 ふわりふわり、風と戯れるように舞う飛跳石は、通常の黄色と違って青い。前の鉱物科が、ひとつに狙いを絞って四肢に力を込めた。


「やだ。それ私も狙ってたのに」


 フィオがぺろりと舌を出したのを合図に、シャルルは鋭い咆哮で威嚇する。相手が弾かれるように振り返った時には、青いクリスタルの角を突き出して肉迫していた。

 堪らず飛びのいたドラゴンから、シャルルはパクリと飛跳石を横取る。


「ふふっ。悪い子」


 後ろから追いかけてくる文句さえ心地いい。フィオは上機嫌に口ずさんで、相棒の首をなでる。頭を振り上げて、ぽーんと投げ寄越された石を掴み、フィオは三位で第一障壁区画ジャマーゾーンを抜けた。

 好スタート位置の恩恵が効いている。が、先頭のパピヨンとハーディまでは、一〇〇メートルほど開いてしまっていた。


『後ろ、追い上げてきます! ジン・ゴールドラッシュにサントス・マルチネス!』


 ジョットの通信が走る。さらなる懸念が近づいていた。フィオは後ろをちらりと確認する。

 次はぜってえブッ潰す、と豪語するジンが、抜かれて黙っているわけがなかった。眼光だけで射殺せそうな顔をして、定石の斜め後方に陣取る。

 もうひとり、サントス・マルチネスはヒュゼッペレースで四位に入っていた男だ。ペギーと同じ、植物科ドレス・ローズを駆っている。

 ドレス・ローズはその名の通り、貴婦人がめかし込んだような容姿だ。後頭部から首周りにかけて大輪のようなたてがみが生え、しっぽと脚の先はフリルのようにひらひらしている。

 赤からピンク、白へ濃淡を変える体色の美しさはまさしく、紅の花嫁だ。


「めんどうなのが来ちゃったなあ」


 さっそく撃ち込まれた染料弾を、シャルルは身をひねってかわす。

 前方のドラゴンが起こす上昇気流に乗れる位置を捨ててまで、ジンが上を取りにくることはないだろう。加えて、風に弱いギョロメのことを考えれば、空気抵抗の大きい射撃姿勢は何度もできない。

 だが、ただでさえ我慢を強いられる戦いだ。後ろからいつ、撃たれるか知れない状況がつづくのは、シャルルの精神負担が大きい。


『次の島まであと十キロです』

「十……シャルルなら五分で飛べる。ジョットくん、風速は」

『六メートルです! 強いままですね。このまま後ろにつかれるのは厄介ですよ』

「それを利用してみる、っていうのはどうかな」

『どういうことです?』

「上昇するの」

『上昇!? 上空はもっと風吹いてるんですよ! そんなことしたらっ、……あ』


 優秀なナビはフィオの思惑に気づいたようだ。にやりと笑って、フィオはジンとサントスに手を振る。不思議そうにふたりがこちらを見たところで、親指を突き出した手を思いきり下げた。


「ついてこれるものなら、ついてきなさいよ。のろまさん」

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