182 強風の戦い②
声は届かないが、舌を出したフィオの顔はわかっただろう。ジンは見るからに目の色を変え、サントスもぎょっとしている。
挑発は十分だ。フィオはシャルルの首を軽く打って、上昇へ身構える。体を波打たせるごとに翼を力強く振り、角で空を掻き分けてシャルルはぐんぐん昇る。
日差しが増した。空気が幾分かひんやりしている。風がゴオゴオと鼓膜を叩いた。それ以外に伝わってくるのは、躍動するシャルルの肉体と熱だけ。
『動きました!』
少しの心細さを、ジョットの声が埋めてくれる。
「ふたりとも?」
『ふたりともです! 追ってきます。意地でもフィオさんを手放したくないようですよ』
「へえ。あいにく私は、いいように利用されるだけの女じゃないから」
追ってくるジンとサントスを、フィオも目視で捉えた。負担が増したシャルルの邪魔にならないよう、ぴたりと身をかがめて強風へ突き進む。
状況は後方のふたりも同じ。いや、もっときついはずだ。翼竜科のギョロメはもちろん、ひらふわしたドレス・ローズも風の影響を受けやすい。
その体質の差が必ず出てくるはず。
「五分、五分だけ耐えて、シャルル。あなたならいける。どんな風の中も飛んでいける……!」
言葉で、心で、フィオは相棒を鼓舞しつづけた。伝わってくるシャルルの魂は闘志で燃え上がり、フィオの胸をあたためる。
発信石の信号を捉えているジョットの報告を、今か今かと待った。後ろと差は開いたのか。まさか縮められたのか。吹きつける風と、広い海と空ばかりで、速度感覚が狂う。
もう五分なんてとっくに過ぎている気がした。その時、イヤリング型伝心石にノイズが入る。
『遅れはじめました! ジンとサントスはシャルルについてこれません!』
「島までの距離!」
『四キロちょっとです!』
「あと一分、いや三十秒したら下降する。三キロ地点で教えて!」
『了解です』
もう少しこのまま突き放したかったが、相手も分が悪いとわかれば、すぐ戦法を変えてくるだろう。なにより、シャルルの体力を無闇に削りたくない。
ジョットが合図を出すよりも早く、ジンは切り替えて高度を下げた。フィオもすぐ対応し、海面近くまで下降する。サントスはそれについてきた。
だがもはや後続ふたりに、シャルルを風避けにする余裕はない。
フィオは三位を守ったまま、ふたつ目の島で青い
『朗報ですフィオさん! パピヨンさんとハーディとの差が縮まってます!』
「え。強風の中飛んでたのに?」
『どうやらふたりは牽制し合ってるっぽいです。先頭を入れ換えるばっかで、速度が出てないんですよ』
前回パピヨンに利用された挙げ句、最後に抜かされたことを、ハーディは警戒しているのだろう。パピヨンもまんまと前を走らされるわけにはいかず、根比べ状態というわけだ。
「……見えた。たぶん追いついちゃうなー」
三つ目の島を目指すひと際大きなドラゴンと、ひと際派手なドラゴンが遠くに確認できた。と言っても、おそらく島へ着く前に、二頭と合流することになる。
正直、ゆずり合戦には参加したくない。
『どうします?』
「とりあえず追いついて、圧かけてみる。うまくいけば、ふたりの速度が上がるかも。ジョットくんは後ろに注意して。少しでも詰められたら言ってね」
果たして、レース展開はフィオの予想通りとなった。三つ目の島まであと半分の地点で、ハーディとパピヨンは四十メートルまで迫ったフィオを警戒した。ヴィゴーレとグレイスの羽ばたきが、一段強まり速度を増す。
フィオは火の粉混じりの気流に乗り、一定の距離を保ってシャルルを休ませた。
しかしハーディとパピヨンはどうしても前を飛びつづけるのが嫌で、時々もだもだする。その度に、シャルルとの差はじりじり埋まっていった。
『フィオさん、後ろ詰まってきてます。ジンとサントスもですが、その後ろも。今のままだとまずいです』
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