183 賭け①

 苦々しくフィオは顔をしかめる。パピヨンとハーディはいつでも抜かせる距離だ。問題はまだ三つ目の島だということ。仕かけるには早過ぎる。ゴールまでシャルルの体力がもたない。

 かと言って、せっかくひねり出した貯金を、ぐずぐずしていて失うなどバカげている。このままフィオとパピヨンとハーディの、三つ巴に持ち込むべきだ。

 なにか。なにかひとつ、勝算があれば――。


「ぐるるる」

「え、シャルル?」


 フィオの心にちょこんと触れてくるものがあった。それはおだやかな空気をまとい、緊張をほぐすようなぬくもりを帯びている。シャルルの心だと気づくと、フィオはぎゅっと包み込まれた。

 やさしさの中に確かな力強さを感じる。


「行けって言ってるの……?」


 そうだ、とシャルルは短く鳴く。


「ゴールまでまだある。あなたに苦しい思いをさせることになる」


 物悲しい声と気遣うような感情。こんな時つくづく、シャルルとも交信できればいいのにと、拳に力が入る。


「私のことはいいの。でも、シャルルに無理をさせたくない」


 突然、頭をバチンッと叩かれた。痛みよりも驚きが勝って、フィオは目を白黒させながら後ろを見る。シャルルのしっぽがブンと持ち上げられていた。

 フィオが〈しっぽの刑〉を受けたのは、はじめてだ。


「弱気になるなって? そんなんじゃロードスターになれない?」


 シャルルの感情が高く吹き上がる。怒りとも似ているが、フィオには叱責や激励だと感じられた。心だけでは収まらず、シャルルはぎゃうぎゃうと吠え立てる。

 ロードスターはフィオの夢だ。シャルルがその意味をどこまで理解し、どれほど望んでいるのかは、推し量りようもない。

 だけど今この難局が、シャルルの思いを如実に伝えてくれる。


「そっか。シャルルも勝ちたいんだね。なにを犠牲にしても。私といっしょだ」


 目頭ににじんだ熱をグッと払い、フィオは前を見据える。耳元の伝心石に手をあて、りんと声を張った。


「前へ出る。ロードスターたちに勝負を挑むよ」

『全力で支援します』


 覚悟を決めたジョットの声を聞くや否や、シャルルは速度を上げた。もう迷わずに、ヴィゴーレが起こした気流に乗って先頭を目指す。

 接近するフィオの情報がザミルとピッピ、それぞれのナビから入ったのだろう。場所を奪い合っていたハーディとパピヨンの間が、少しゆるんだ。

 その隙間からは、三つ目の島の障壁区画ジャマーゾーンが見えている。


「シャルル、上昇!」


 ひと足早く、ヴィゴーレとグレイスが青い障壁内に突入する。標的を絞るため、わずかに翼が鈍るその瞬間、シャルルが上空から急襲をかけた。

 苦手な上方を取られ、二頭の飛行姿勢が乱れる。ハーディとパピヨンのまるく見開かれた目には、飛び込むと同時に石を捕らえたシャルルの姿が映った。

 放り寄越された石を掲げて、フィオは後ろのふたりに手を振る。


「さあ、急いで逃げよう!」


 こんな小細工がネコ騙しにもならないことを、フィオはわかっていた。島を離れる頃には、ハーディもパピヨンもぴたりと後ろにつけてくる。

 けれどフィオにもシャルルにも、先頭をゆずる気はない。打算も駆け引きもなく、ただ力尽きるまで翼を振るだけだ。


「私にできることは、あとこれだけ」


 肩にかけたライフルのストラップを、フィオは強く握る。外すことは許されない。シャルルがくれた勝機を仕留める弾は、一発だけだ。


『かなり危ない賭けだと思いましたが、いい判断じゃないですか?』


 ふと、ジョットが弾んだ声で言った。


『最後の島まで耐えて、そこでフィオさんがいつも通り一発狙撃決めれば、そのままゴール! ですよ!』

「そうだね。パピヨンさんもハーディもかなりの腕だけど、先頭なら視界を遮るものがないから有利だし」


 フィオはジンやサントスの様子を尋ねた。


『パピヨンさんの後ろ、四十メートルほどのところ飛んでます。距離を保ってますね。追い上げてくる体力残ってんのかな?』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る