184 賭け②
ジョットの懸念には、フィオも答えを持っていなかった。どちらにしても油断できる距離ではなく、ひとつのミスで命取りになる。
ましてや、足の痛みなどに構ってはいられない。
「ポンコツが。もう少し耐えてよ……っ」
足はしびれるような違和感に加え、徐々に力が入らなくなってきている。しびれは薬の副作用だ。そして脱力感は、疲労が溜まっている証。これが限界を超えた時、今大人しい鈍痛が激痛に変わる。
『フィオさん!? 速度が落ちてますよ!?』
慌てたジョットの声に、フィオはハッとシャルルを見た。
頭が上下に振れている。粗いやすりをかけような息はひどくかすれ、口から泡立っただ液が垂れていた。
活動限界だ。無理な飛行をつづけ、体に急激な負荷がかかっている。突風が吹いたわけでもないのにシャルルはぐらつき、フィオはしがみついた。
「シャルル! もういいよ! 下がって少し休もう!」
しかしシャルルは応えない。繋がった心は、耳が痛むほど凪いでいる。フィオの声が響かず、思念は素通りするだけだ。
シャルルの意識は、フィオにも届かない深層へ沈んでしまっていた。
「くっ。発砲音で目を覚ますかな……!」
『
目を走らせれば、正面に見えていた四つ目の島が右へ逸れていた。いや、シャルルがまっすぐ飛べていない。
「風に流されてる……!」
とにかくまずは、シャルルを正気に戻すことだ。肩からライフルを外し、構えようとしたその時、強風に煽られる。
目の前を横切った火の粉を見て、フィオはハーディだと察した。シャルルの状態を見抜き、一気に抜き去りにかかってきた。
赤く脈拍打つ翼が気流を押し上げ、そして鋭く叩きつける。
「きゃあ!?」
ロワ種が起こす風にも、シャルルは耐えられなかった。体が大きく傾いて、フィオは背中から投げ出されそうになる。
とっさに足で踏ん張ったが、それが引鉄だった。
うずいていた痛みは激痛へ燃え上がり、フィオから苦悶の悲鳴を絞り出させる。あまりの痛みに全身がびくつき、片手がハンドルから外れた。
覚えのある緊張、寒気、浮遊感が背筋を駆け上がる。
『フィオさん!? フィオさんどうしたんですか! 今の悲鳴はなに!? ねえフィオさん! ねえ……!』
バクバクとうるさい自分の心音を聞きながら、フィオはおそるおそる目を開けた。シャルルが切羽詰まった声で喚いている。どうやら正気に戻ったようだ。心はフィオを呼ぶ声でいっぱいだ。
片手にはハンドルの感触がある。辛うじてシャルルにぶら下がっていた。ライフルも片腕にストラップが引っかかっている。
いける。まだ立て直せる。
『返事してください! フィオさんっ! 待って……やだ、やだっ』
フィオはシャルルに目で合図を送り、手を放した。落ちていく体を、シャルルがすぐさま受けとめて背中に戻る。
その間にジンとサントスが抜かしていった。すかさずあとを追って翼を振る。
「ごめん、ジョットくん。ちょっと落ちかけた。もうだいじょうぶ。今五位。後ろの状況教えて」
四つ目の島で青い飛跳石を獲得しながら、フィオは声が震えていないか気になった。一度タガが外れた患部は、直接神経をひねり潰されるような痛みを発する。
油汗が浮かび、呼吸が早くなって、ふとした拍子に理性を奪われそうだ。
でも、まだだ。最後の島に狙撃の
『落ち、かけた……? ちょっと? それ意味わかってるんですか。死にかけたってことですよ。今度こそ足だけじゃ済まなかったかもしれないのに……!』
「お、落ち着いて。下、海だし、もうちゃんと戻ったよ。それよりほら、今はレース! まだ挽回できるから!」
『海だからいいって問題じゃない! なんであなたは俺の気持ち考えてくれないんですか! 心は繋がってるのに! 本当はわかってるくせにっ!』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます