180 耐久!シャンディレース③

 スタート位置に着くよう号令がかかる。フィオは周りのライダーに遅れて、のろのろとシャルルに騎乗した。スタート位置は前から二列目。今大会、最もいい場所だ。


「もしもーし。ナビさん起きてくださーい」

『……聞こえてますよ、ずっと』

「そう? 退屈で寝ちゃったかと思った」


 いつかもこんなやり取りをしたなあ、とフィオはくすくす笑う。


『フィオさんと他の野郎の会話なんて退屈ですよ。でももう、フィオさんがこうして会話する相手は、俺じゃなくなるんですね』


 レース直前に余計はことは言わない。フィオは手早くライフルの弾倉やサイドバッグを確認しながら、まっすぐ言い放った。


「今はあなただけだよ。さあっ、ジョットくん! 私を最終レースまで連れてってよ!」

『……はい。どこへでも』


 スタートランプの赤灯が一斉に点灯する。その瞬間、誰かが音量のつまみをひねったように、会場は静かになった。もうひとつ赤灯がつくと同時に、フィオはまぶたを閉じる。

 ジョットと最後のレースを噛み締めようとしたが、なにも思い浮かんでこなかった。代わりに『フィオさん』と呼ぶ声が、何度もくり返し巡る。

 耳について離れないくらい聞いてきたのだと、今気づいた。その声を聞くだけで、わくわくと弾むこの胸のことも。


「ロードスターたちも置き去りにするよ! シャルル! ジョットくん!」


 黄色いランプが光る。


「ぎゅあ!」

『はい!』


 意気よく返事したドラゴンとナビの声を聞きながら、フィオはハンドルを握って構えた。そして、緑のランプが煌々と開戦の時を告げる。

 咆哮を上げて飛び立つライバルたちに遅れず、フィオとシャルルも風を起こして蹴り上がった。最初は誰もが様子見に出るかと思われる中、火の粉まとうロワ・ヴォルケーノと、七色に輝くマル・ボルボレッタが先陣を切る。

 ハーディとパピヨンにつづく集団には、マティ・ヴェヒターの姿もあった。


「ジン。彼の後ろにつけるよ、シャルル。一位集団から遅れないで」


 初速の出る翼竜科を中心とした団体の後尾に、フィオはついた。

 まずは競技場コロセウムの目の前に広がる海に出て、北のリルプチを目指す。コースで最も島と島の距離が長い箇所だ。

 不測の事態でも起きない限り、大きな順位変動はないはず。


「いいよ、落ち着いていこうシャルル。ここで調子を整えて」

『フィオさんは現在十位です。後ろの二位集団とはおよそ二十メートル。ですが、速度を上げる気はなさそうです』

「そうだね。たぶんみんな、リルプチ島までは仕かけてこないんじゃないかな」


 ジョットの情報を元に、フィオは体力温存をしたい選手たちの心理を読む。それを知った上でどう動くか。

 各島に設けられた飛跳石とびいしは今回、障害よりも順序通りに通過した証の意味が強い。よって、獲得難易度は下げられているはずだ。

 つまり、フィオが得意とする障壁区画ジャマーゾーンでの追い抜きは使えない。


「障害としての障壁区画ジャマーは最後のひとつだけ。それまでに離されたり、体力が尽きてたら、射撃でも追い上げは無理」

『フィオさん、ジンの様子がなんかおかしいです』

「え?」

『あいついつも真っ先に先頭目指すのに、今日はしないんです。それどころか、なんか遠慮してるような』


 フィオはすぐさま前方を見る。するとジンはさっきまで並走していた相手に、前を許していた。いくら体力温存が狙いでも、消極的過ぎる。ジンらしくない。


「……そうか。ジョットくん、風速!」

『え、あ、海上は五、いや六メートルです!』


 大枝が揺れ、波が高くなりはじめる強さだ。体が細く、小回りが利く翼竜科はその反面、体力に不安があり強風は天敵だ。

 先頭集団の多くの翼竜科が、おそらくこの風を警戒している。


「まずい。このままだと二位集団に取り込まれる。前に出よう」

『でも風避けにされちゃいますよ!』

「私がさらにパピヨンさんとハーディを風避けにすれば問題ない!」

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