179 耐久!シャンディレース②

『やっぱり体力配分スね。あとは焦らないこと。風も利用できればしたいっスけど。精神面が強く影響すると思うんで、ライダーとナビ、ドラゴンの関係もマジ大事です』

『なるほど。精神面というと、一度ロードスター杯を制覇したパピヨン選手、ハーディ選手の存在が他の選手にかなり圧力をかけそうですね。さあ! スタートまで十分切ったところで、島主代表ゼル・リヴァイアンドロス氏よりごあいさつを頂きましょう!』


 実況者の紹介で壇上に上がった人物を見て、フィオはほうと息をついた。シャンディ諸島国の極彩色の正装をまとった男性が、リヴァイアンドロス家当主。つまりピュエルの父で、いずれはジョットの義父になる人だ。


「ハゲてるんだなあ」

「やあ、フィオさん。今回はいいスタート位置だね。きみとウォーレスくんなら、四位入賞は確実かな?」


 聞き覚えのある声に呼ばれ、フィオは振り返る。そこには竜騎士団本部第四分隊隊長ランティスと、翼竜科フォース・キニゴスのコレリックがいた。

 シャルルが真っ先に駆け寄って、コレリックとこつんと頭を突き合わせあいさつする。


「ランティスさん!」


 フィオも喜色を浮かべ握手を交わした。しかしランティスが、ライダースーツを着ていないことに気づき、笑みが引く。彼は青と白の団服姿だった。

 沈んだフィオの表情を察したのか、ランティスは眉を下げて薄く笑う。


「隊員たちはだいじょうぶだと言ってくれたんだけど、僕がレースに集中できなくなってしまったんだ。あんなことがまた、起きないとも限らないからね」

「じゃあ、今回ここへ来たのは」

「会場の警備さ」


 気取った仕草で敬礼してみせるランティスの後ろで、コレリックも胸を張る。彼はおどけたウインクまでつけてくれたが、フィオはうまく笑えなかった。


「でもそれじゃあ、マドレーヌとの約束は……」

「うん……。マドレーヌは竜騎士の責務をわかってくれている。その聞き分けのよさが余計に、申し訳なくもなるんだけどね。でもまた三年後も目指せばいいんだ」


 そこまで言ってランティスは「あ」と声をこぼし、バツが悪そうにフィオを見た。


「ごめん。フィオさんの前で……」


 足のことだ。ロワ・ドロフォノスを退けたあと、屋敷で足を引きずっていたのだから、知られていて当然だった。


「いいんです。最初からわかっていて出場したことですから。今は薬を飲んでいるので、そこまで痛みません」

「治療を断ったって……。それは本当に治せないのかい?」


 フィオはゆるく首を横に振った。そうか、とつぶやいてランティスも口を引き結ぶ。

 ふたりの間にはしばし沈黙が流れたが、ふと、ランティスがそれを払拭するように笑ってみせた。


「でも今大会のフィオさんの強さがわかったよ。きみの意志は誰よりも強いんだね」


 そういえば、パピヨンさんも今年の私に注目しているようだったな、と思い出す。あとがないのだからもちろん必死だ。フィオは常に余裕のなさを感じていたし、それがレースに表れることもあった。

 けれど、強さの源が追い込まれたゆえの底力なのかと言われると、なにか違うような気がする。フィオは軽く肩をすくめた。


「わかりません。それはみんな同じでしょうし。三年に一度しかない機会なのも、命を懸けていることも、今までなにかしら犠牲にしてきたことも。ハーディだってパピヨンさんだって、三年後も出られる保証はないんですから」

「そうだね。僕のやるべきことは、その三年後も安全に大会が開かれるよう、暴走事件を解決することだ」


 島主代表が言葉を締め括り、会場に拍手が響く。

 青い腰布をひるがえしてコレリックに跨がったランティスに、フィオは敬礼した。


「応援しています。くれぐれも怪我はされませんように」

「それはきみもだよ、フィオさん。きみとシャルルの勇翔ゆうしょうを祈る」


 最後にひと声上げて飛び立ったコレリックを、フィオは日差しに目を細めながら見送った。流れる雲の動きが速い。

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