178 耐久!シャンディレース①

「フィオ! 兄貴を誘惑する妹がいるか!」

「きゃー! シャルル逃げるよ!」


 月明かりの下、フィオとキースはしばしチョウチョ取り二戦目に夢中になった。そのままフィオは〈夕凪亭〉まで逃げ帰り、あたたかいスープをキースとふたりで味わう。

 コリンズ夫妻とキースと囲む食卓は、何度も夢想した父オリバーと母シャルロットとの団らんのようで、フィオはなんでもない話にもよく笑った。




 ロードスター杯第四戦シャンディレース、当日。

 初日の観客数を優に超える八万人のファンが、競技場コロセウムに詰めかけていた。壁のごとく反り返った客席は、ひさしに群がるドラゴンたちの重さもあって、常にゆらゆら揺れている。


「いつか死人出るよね、絶対」


 フィオは会場に入ったとたん、色紙や帽子、ライフルの模造品を差し出すファンに、サインを書いて回った。中には、釣竿にナイト・センテリュオの人形を下げて渡してくる強者もいる。

 すべてには応えきれなくて、フィオは新しく考案したドラゴンポーズ――顔の横で手を鉤爪状に開き、吠える仕草――を取って、交流を終わりにした。

 子どもが無邪気にまねしてくれる一方で、卒倒する男性もいることが不思議でならない。


「なんかジョットくんみたいなファン増えたね」

「くっそ、にわかめ。俺が最初に目をつけたんだからな!」

「ふふっ。そうだね。身内を除けば間違いなく、ジョットくんがファン一号だよ」


 ふと、隣からジョットが消えて振り返ると、彼は立ち止まっていた。固く結ばれた唇はひん曲がり、どこか恨めしそうな目でフィオを見ている。


「なんで、なんでフィオさんはそんな平気なんですか」


 すねた子どもを抱き締めてやりたかったが、これから道を分かつと思えば、やさしさは残酷だ。フィオは手にしたライフルに目を落とす。


「私はもう、ひとりで行く覚悟はできた。十一年もかかって、やっと大人になれたんだよ。いざとなれば、助けてくれる家族もいる。だから、平気だよ」

「俺はどうなるんですか。今までいっしょに過ごした時間は、想いはっ」


 恋人や夫婦はすれ違い、二度と会えなくなることもある。本当だね、とフィオは客席のどこかにいる兄へ語りかけた。

 もしジョットとの間に芽生えたものが、友愛や家族愛だったら、きっと最後までふたりで夢を追いかけていた。

 いっそ興味もなくしたみたいに、フィオはそっけなく言い放つ。


「忘れて。できないなら、思い出にして。私もそうするから」

「……勝手な人だ!」


 吐き捨てて、ジョットはフィオを置いてずんずん歩いていく。せつな、そのまま帰ってしまうのではと思ったが、向かったのはナビ席だった。

 早鐘を打つ心臓を「臆病者」とけなす。ジョットの執着の味を覚えた体はうずいたが、フィオは固い理性と大人の矜持きょうじで、スタート位置へと進んだ。


『今年のロードスター杯も早くも四戦目。前回ロワ種の乱入という予測不能事態を乗り越えてのシャンディレース開幕です! レースファンの皆様にまた会えて本当によかった!』

『あれはマジでビビりましたね。俺も頭に血が上っちゃって、ロワ・ドロフォノスに挑もうとしたんスけど。パクさんが止めてくれました』

『当たり前でしょう。私とスカイさんはライダーとナビのような、夫婦めおとコンビですから!』

『えへへへ!』

『おっと。スカイさん、その手に持っている飲み物はもしや』

『さっすがパクさん! お目がたかーい! これがシャンディ諸島国名産品のプチパチを使ったプチパチソーダだ! いえーい! パチッと弾ける果肉といっしょにきみもハジケよう!』

『商品の売り文句をそのまま引用するのはやめてください。さて、いつもの茶番はここまでにして、シャンディレースの見所をお伝えしましょう』

『茶番!?』

『シャンディレースの特徴は、なんと言っても五つの島を使った超長距離コースです! 選手たちには各島を順に巡り、通過した証の飛跳石とびいしを獲得してもらいます。きちんと順を追わなければ、次の障壁区画ジャマーゾーンには入れませんのでご注意を! スカイさん、このレースの勝利の鍵はどこでしょうか?』

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