29 ジョットの能力①

「だいじょうぶ、みんなわかってるわ。嵐がきた時のように、助け合いましょ」


 励ますティアに笑みを返し、エドワードはフィオに頭を下げてから家路につく。地平線にかかる夕陽に照らされたシャツは、半日でずいぶんとくたびれて見えた。


「暴走の原因って、なんなんでしょうか」


 ジョットは不安げな目で大人たちを見上げた。しかしフィオも誰も、首を横に振ることしかできない。


「まだわかってない。人竜じんりゅう戦争後、人とドラゴンが和解して千年間。一度もこんなことはなかったって」

「正気に戻らないドラゴンはずっと、竜置所に入れられたままなんですかね……」


 シャルルを見て考えたくもない光景が過り、フィオはうつむく。その時、手を叩く小粋いい音が響いた。


「はい。その話はここまで。私たちも戻りましょ。みんな待ってるわよ。フィオとジョットの話を聞きたいって!」


 くるんとスカートを踊らせて、振り返ったティアは宿の扉を一気に開け放った。とたん、照明の光がフィオとジョットを照らし、笑い声、手拍子、食器の奏でる音が押し寄せてくる。


「おっ、来たぞ! 今夜の主役だ!」

「待ちくたびれたぜえ。早くこっちきて飲め!」

「はい、追加の串焼き! ティア、台所使わせてもらってるわよ!」


 あまりの騒がしさにフィオは苦笑う。

 今宵の〈どろんこブーツ亭〉は村民の貸し切りだ。日が暮れると同時に宣言通り、わらわらと集まってきた。

 女性も子どもを連れてやって来て、食材を運び込み調理をはじめる。そうして小さな宿は、あっという間に宴会場へ様変わりした。


「ほら。金髪のライダーさん、こっちこっち!」

「あんたあのフィオ・ベネットだってな。レースライダーの!」

「レースの話聞かせてくれよ。ガルシア姉妹ってのは噂通り美人なのか?」


 中央のテーブルに引っ張られて、フィオはたたらを踏む。そこには鳥の串焼きがてらりと光り、ロールキャベツが山と盛りつけられ、タマネギときのこの香ばしいパスタが踊っていた。

 フィオは思わずつばを飲む。ハッ、いけない、いけない。陽気に誘いかけてくる村人たちには悪いが、食欲を解放するわけにはいかなかった。


「あっ、アイタタタッ! 足がイタイ! イタイヨー!」


 大きな声でフィオが訴えかけると、村人たちはぎょっとして輪をゆるめた。もうひと押し、と内心でつぶやいてびっこを引いてみせる。


「フィオさん! だいじょうぶですか!? 痛みは強いんですか!?」


 人垣を縫ってジョットが飛んできた。眉を下げ、まるで自分が痛みを堪えるかのような顔をしている。フィオは患部以外のところが痛んだ。

 しまった。これは予想外。


「あー。そんなにひどくはないんだけど、痛みでちょっと食欲出ないから休もうかなって」

「そんな! スープの量でケチつけてたフィオさんが食欲ないなんて! 大ごとですよ!」


 こら。こんな大勢の前で女性に恥をかかせるんじゃないよ、小坊主。


「そりゃあ、よっぽどだな。休んだほうがいい」

「すまないね、ベネットさん。俺らも気づかないで」


 心なしか必要以上に心配されている気もするが、フィオは引きつった笑みで流した。どう思われても、この宴会を切り抜けることのほうが大事だ。

 階段を上がるまでジョットにつき添われ、フィオは自室に下がる。


「フィオさん」


 引き止めたジョットの声は、いつになくしおらしかった。これは反則だ。


「なにか必要なものはありますか」

「じゃあ、生肉ひと塊とチーズをティアに頼んでくれる?」

「え。いくらフィオさんでも生肉はお腹壊しますよ」

「もしかしたらいけるかもって少し思ってる言葉だよねそれ!? 普通に食べれないから! 生肉はシャルル用!」

「なあんだ。そっか」


 ジョットはけろりと言って、くすくす笑う。その笑顔にフィオは人知れず安堵した。やっぱり子どもは子どもらしく笑っているほうがいい。

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