28 相棒③

 フィオの目に、卵から生まれたばかりのシャルルの姿が浮かぶ。歩みも覚束ないのにまっすぐ寄ってきて、短いしっぽでフィオに触れて鳴いた。あの瞬間から、この子との繋がりを感じるようになった。

 そして今も、飛び回るようなシャルルの心が、あふれるほどに降り注いでくる。


「シャルル! ありがとう。もう離れないで」


 嬉々とした声を上げて、シャルルがふにゃりとしな垂れかかってきた。あまりの重さにフィオは転倒する。しかし心配するどころか、シャルルはこれ幸いとばかりに伸しかかり、顔中を舐めつくした。


「これがライダーとドラゴン……っ」


 ぞくりと震えるジョットの後ろから、見守っていた農夫たちの笑い声が響く。


「いよっ、ご両人!」

「ドラゴン最高おー!」

「いいぞっ、ねえちゃん! ディックも無事だったし、なんだか飲みたくなってきたな」

「ベネットさんはティアんところの客だろ? そこで飲もうぜ!」


 おっ、いいねえ。と、周りは勝手に盛り上がる。そこへエドワードが、ギルバートのアヴエロに乗って現れたものだから、村人たちはさらに沸いた。

 感動的な親子の抱擁ほうよう。そして眠るグルトンにエドワードが号泣した時には、誰もが家族や愛ドラゴンと抱き合っていた。




「詳しい事情はわかりました。みなさんのご協力に感謝します」


 フィオ、エドワードを中心に、ジョットやティアから騒動の詳細を聞いた竜騎士は、胸に拳をあて一礼した。ファース村から北西に位置する町トラメルから、村長の要請を受けて駆けつけてきたひとりだ。

 他の団員は、エドワード宅の竜舎にいるグルトンや、荒れた畑を検分している。


「あの」


 青い制服をひるがえし、去ろうとした竜騎士をフィオは引き止めた。


「今回のグルトンの暴走は、最近各地で起きている事件と同じでしょうか」

「相棒ドラゴンに突然襲われる、ドラゴン暴走事件ですね」


 竜騎士は厳しい目でうなずく。


「おそらく、そうと見ていいでしょう。骨笛の音を聞いた人物はいませんし、みなさんのお話を聞く限り、温厚なボア・ファングが暴れるほどのきっかけも見当たりません。なにより、ドラゴンの瞳孔が縦に細くなった。これは一連の事件と共通の現象です」


 エドワードへ視線を移した竜騎士は、表情を柔和に変えた。


「ですがブラウンさん、あなたは幸運でした。暴走したドラゴンの中には正気に戻らず、竜置所りゅうちじょに拘束される個体もいますからね」


 エドワードのぎこちない笑みには気づかず、竜騎士は翼竜科のドラゴンに乗って飛び去っていった。


「フィオさん、骨笛ってなんですか?」


 ジョットの質問に、フィオは考えを巡らせながら答える。


「主にバトルライダーが使う笛だよ。名前の通りドラゴンの骨から作られてる。その音色でドラゴンの闘争心を掻き立てて、戦わせるのがバトルライダーね」

「へえ。やばいですね」

「訓練した奏者とドラゴンなら、そんなに危なくないよ。ドラゴンバトルも立派な競技だし。……実は私も疑ってたんだよね。シャルルの暴走」


 つぶやいたとたん、シャルルが不満の声を上げた。ずいっと突き出される頭をなだめ、フィオは「ごめんごめん」と笑う。


「……ドラゴンの暴走は、ただごとじゃない」


 そこへ重々しく口を開いたのはエドワードだった。


「俺だってグルトンとケンカして、へそを曲げられることはある。あいつは動くことが嫌いだからしょっちゅうだ。でも今日のは、そっぽを向くなんてもんじゃない。絆そのものが消える。なにも感じなくなる。どうしようもない孤独と喪失に、突き落とされるんだ……」


 拳を震わせるエドワードに、ティアがそっと触れる。すると彼は今目が覚めたような顔をして、視線をさ迷わせた。


「すみません。俺はこのへんで帰ります。迷惑をかけたベネットさんやみんなに、改めて謝らなきゃいけないことはわかっていますが……。今日はグルトンのそばにいてやりたいんです」

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