30 ジョットの能力②

 振り返れば、ジョットは背伸びした言動が多かったと思う。

 国外の僻地までひとり旅してきたこと。自分の命をフィオに預けるような言葉。そして、様子のおかしいシャルルに対し、この少年は妙に落ち着き払っていた。


「ねえ、ひとつ教えてくれる? あなたなんで、シャルルの気持ちがわかったの」

「た、たまたまですよ」


 明らかに動揺して、ジョットは体ごと顔を背けた。フィオは横顔をじっと見つめる。本当に嫌なら無理に聞き出すことはしないが、少年は立ち去る素振りを見せなかった。

 もう一歩踏み込んで、フィオはネコのように目を細める。


「本当かな? 嫌われたくないとか相応しくないとか、やけに詳しかったけど?」


 ダメ押しに肩へ触れようとすると、すばやく避けられた。


「あの、笑わないって約束してくれるなら」

「……いいよ。約束する」


 ジョットは服をいじりながら、ためらいがちに口を開く。


「なんとなくわかるんです。ドラゴンの、気持ちが」

「行動や声で?」

「いえ、そうじゃなくて。うれしいとか楽しいって、相棒同士が感じられる大まかな気持ちが流れてくるんです。じっと集中したり、ドラゴンに触ったりしてないとダメですけど」

「相棒じゃなくてもわかるんだ」


 うなずいた少年に、フィオは静かに驚く。どんなドラゴンとも心を通わせることができるなんて、本の話でしか聞いたことがなかった。

 つい、真偽を確かめるように見てしまう。ジョットはそわそわと髪をなで、やたら咳払いしていた。


「でもシャルルはわかりやすかったです。これってやっぱり、俺とフィオさんが、あー、と、特別な仲だっていうそのアレで――」

「他の動物もわかるの? 鳥とか!」

「……ドラゴンだけっス」

「ふうん。それって超能力とか霊能力ってやつかな。でも万能じゃないんだね」


 すっかり項垂れたジョットを、フィオは宴会に送り返した。階段をずこずこ下りていく背中を見ていると、少しやり過ぎた気がしないでもない。


「まったく。鈍感なふりも疲れるのよねえ」


 少年の幻覚はいつ醒めることやら。未成年が九歳も年上に入れ込むなど健全ではない。ましてやジョットの熱量は、ファンの域から妙な方向へ突き抜けている。

 早く育ての親コリンズ夫妻のところに帰さなければ。


「シャルルさーん。ごはんですよー」


 ほどなくしてティアが届けてくれた生肉を手に、フィオは窓を開けた。ポーチから取り出したナイフで肉を適当に切っていると、羽ばたきの音が聞こえてくる。

 それはすとんと屋根にとまり、窓から逆さまの顔を出した。シャルルの楽しそうな声が部屋いっぱいに響く。


「うん。私もうれしいよ。たくさん食べてね」


 まずはひと口、手ずから食べさせてやる。そのあとは夜のとばりが下りたばかりの空に投げた。

 すかさず飛び出したシャルルが、空中で肉を捕まえる。右に左に、次々と投げていくフィオに遅れることなく、相棒は胃袋を満たしていった。


「飛行に問題なし。体型も思ったよりやせてない。川魚でも食べてたのかな。うーん、どこかの家からブタとかってたとは考えたくないけど……」


 シャルルから不満が流れてきた。どうやら盗みは働いていないらしい。

 フィオは最後の肉を高く放り投げた。


「さすが私のシャルル! 賢くていい子! これで問題なしだね!」

「問題なし? 足が痛いって言ってたのは嘘か」


 突然後ろで声がして、フィオは軽く心臓が止まりかけた。振り向くと、ギルバートが扉枠に寄りかかっている。


「い、今のはシャルルのこと! というか乙女の部屋に勝手に入らないでくれます!?」

「乙女だったのか。知らなかった。じゃあ診察をはじめよう」


 身を起こし、往診かばんに手をかけるギルバートを見て、フィオは慌てふためいた。


「あっ。なんか痛くなくなったかも? やっぱり私の思い込みなんだねハハハッ。それよりディックとグルトンはだいじょうぶだった?」

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