196 真実を伝える者①

 この木道の先には宿と、森の神が眠る祠一帯を囲った禁足地があるくらいだ。人通りはほとんどなく、話を聞かれる心配はない。

 だがそれでもミミは渋る。よほど重大な話なのだろうか。


「無理に話さなくてもいいけど。また今度にする?」

「ううっ。本当はロードスター杯が終わるまで、待っていたかったんです。でも、時間がないかもしれなくて……」

「急用なんだね」


 どうしたものか、とフィオは折り重なる枝葉を見上げる。正直今は、他のことに時間を割く余裕がない。かと言って、ロードスター杯後となると、二ヶ月は待たせる。

 すぐに済む用事ならいいんだけど。祈りつつ、フィオはミミを振り返った。


「とりあえず話してみてくれる? それから考えるから」

「そうですね……」


 ミミは慎重に周囲をうかがった。その神経質な様が、フィオにじわりと不安を植えつける。

 上空まで警戒した彼女の目もまた緊張を帯び、声は硬く真剣だった。


「フィオさんは、ドラゴンの声が聞こえますよね」

「は……」


 笑い飛ばそうとして失敗したような声がもれた。ミミの目や声に疑念の色などない。彼女は確信を持ってフィオに迫っている。


「あなたが各地のロワ種と、次々と遭遇していることがその証拠です。自然科ロワ・ヴォルケーノ。翼竜科ロワ・ドロフォノス。竜鰭りゅうぎ科ロワ・ヨルムガンド。竜脚科は確認できていませんが、フィオさんはドルベガで落盤事故の対処にあたっている。その時になにか見ませんでしたか」


 身を乗り出されて、フィオは息苦しさを覚えた。ミミの肩を押し留め、深く呼吸をくり返す。落ち着け、と自身に言い聞かせた。


「どうして知ってるの? ミミは、この声とロワ種の関係がわかるの?」

「……私の家には、古い言い伝えが残っています」


 そう言ってミミは居住まいを正した。栗色の目が遠くを見つめたとたん、彼女は森々たる清浄な空気をまとう。

 薄紅色の唇が開くせつな、木々が爽籟そうらいを奏でた。


「『人竜の結ひほつれる時、声なき声聞く者現れり。その者、五つの竜王と相見え、一柱の光を喚び出さん』」


 ミミがゆっくりと顔を上げるまで、フィオは声を出すことができなかった。


「それは、どういう意味なの……?」

「『人竜の結ひほつれる時』は、今世界各地で起こっているドラゴン暴走事件だと見ています。そして『声なき声を聞く者』これがフィオさんです。あなたは『五つの竜王』と会っている。そして『一柱の光』はたぶん、希望という意味でしょう。つまりフィオさん、あなたが暴走事件を解く鍵かもしれないんです」

「ま、待って。私が会ったロワ種はまだ四頭だし。それに声が聞こえるようになったのは、私の力じゃなくて、ええと……」


 ジョットのいないところで秘密を明かしてしまうのは気が引けて、フィオは口ごもる。

 そもそも言い伝えに、どれほど信憑しんぴょう性があるだろうか。解釈の正否は? ロワ種がいったいどう関係する? ハーディのヴィゴーレ以外、友好的だった試しがない。

 それにもし言い伝えが本当なら、希望はフィオではなくジョットだ。

 でもあの子はまだ十四歳の子どもなのに……!


「戸惑うのも無理はないです。私もまだ半信半疑ですから。だからそれを確かめるためにも、一度私の家に来てくれませんか。私の相棒ドラゴンに会って欲しいんです」

「ミミのドラゴン? いや、違うの。声が聞こえると言ってもロワ種だけなんだ。シャルルの気持ちだって、読み取れるのは普通の範囲と変わらない」

「それでも、会って欲しいんです。すぐにどうこうとは言いません。詳しい話をしたいだけです。フィオさん――」


 呼びかけておいて、ミミは苦々しく目を逸らした。一度固く引き結ばれた唇は、使命にも似た強い眼差しとともに、ゆっくりと開く。

 それは真実を伝える新聞記者の顔だった。

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