195 ミミといっしょ③
「なので、さっそく入れてみました。どうぞ」
「んう? なんの絵入れたの」
「開けてみてのお楽しみです」
会計に時間がかかってるなと思ったが、どうやらその時に転写絵を仕込んだらしい。買ったばかりのロケットペンダントを差し出され、フィオはナイフとフォークを置いた。
せっかくだからと首にかけてみる。思っていたよりもしっかりした重みを感じた。気泡が店の照明を受けて、キラキラ輝いている。
アンティークゴールドの留め具を見つけて、フィオは指先で押し開けた。
「これ……」
そこには名前呼びを喜ぶジョットの絵があった。小さく縮小されたもので、たまご型に切り取られている。けれど、笑顔から伝わるあたたかさはちっとも損なわれていない。
「今日フィオさんを探していたのは、それを渡したいっていうのがひとつでした。でも絵立てはかさばるし、カードケースは味気ないかなって悩んでて……。いいものが見つかってよかったです」
連れ回していたのは、このためでもあったんだ。
震えるほどの喜びとともに、フィオは後ろめたさを覚える。隠すようにペンダントを握って、うつむいた。
「いいのかな。もうライダーとナビでもないのに、私がこれを持っていて」
「フィオさんは、ナビだったジョットくんのことを誇りに思っていますか?」
ふたりで挑んだレースを振り返り、フィオは迷いなくうなずく。
「ジョットくんは誰よりも優秀なナビで、私の最高の相棒だった」
栗色の瞳をおだやかに細め、ミミはやさしく微笑んだ。
「だったら、なにも恥じることはないですよ」
「そうだね。ありがとう、ミミ。大事にするよ」
もう一度だけジョットの顔を見つめ、フィオはペンダントのふたを閉じた。彼が胸元で見守ってくれていると思うと、ゆるやかな闘志が湧き上がってくる。
朝食がまずくなる新聞記事が載らないように、俺がいないとダメじゃないですかと呆れられないように、最後まで魂を燃やし尽くすと誓う。
「でもそれは明日からねっ!」
フィオはたまごトーストひと切れを、丸ごと口に入れた。ぷるぷるとろとろのトーストに口が占領され、ベリーの甘酸っぱさが舌に広がる。そしてほのかにシナモンが香った。
追いうちにバニラアイスクリームを頬張れば、ミルクの濃厚なコクがたまごのまろやかさと溶けて交わる。それはベリーの甘さも引き出し、フィオを極上のぷるとろ沼へ突き落とした。
思わず
「フィオさんって本当に、おいしそうに食べますよね」
「ねえねえミミちゃん。カボチャと栗とさつまいもの限定タルトも頼もうよ! 秋の味覚全部乗せだよ!? 最強じゃん!」
「あー! それ私も気になってたやつ……! でも待ってくださいよう。私だってあんまり食べたら太っちゃうんですから!」
「いいじゃーん。半分こしよ? そうすれば罪悪感も半分だよ」
「悪魔のささやき……! んああっ、食べます! 明日本気出せばいいんです!」
そうこなくっちゃ! とフィオは意気揚々、店員を呼んだ。過去のダイエット失敗談、おすすめ運動法、流行りの健康食品の話に花を咲かせながら、フィオとミミは甘味をぺろりと平らげていく。
ふたりきりのお茶会は、テラスで長めの昼寝をしていたシャルルが起きるまで、なごやかにつづいた。
「ミミちゃん。そろそろもうひとつの用事、教えてくれる?」
カフェでずいぶんと時間を過ごした。薄暗くなった空を見上げて、フィオとミミの足は自然と帰路に向かう。
ティルティに滞在中、ミミは実家に身を置いているそうだ。実家はフィオの泊まる宿と同じ方向だと知り、彼女をシャルルで送っていくことにした。
話しやすさを考えて選んだ木道は、シャルルが脚を置く度にギシギシ、ポクポク、音を奏でる。
「覚えてましたか、カフェでの話……」
フィオを探していた理由はひとつではないと、におわせておきながら、後ろのミミの声は歯切れが悪い。
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