194 ミミといっしょ②

「どこに行くのミミ。私、仕事探してたんだけど」

「それなら明日でもいいじゃないですか。なんなら私の実家でお世話させてもらってもいいですし!」

「え。あなたの実家ここなの?」


 言ってませんでしたっけ、とミミは明るく言う。特徴的な名前からベルフォーレ出身だとは思っていたが、会話はレース関係ばかりで、彼女のことをあまりよく知らなかった。

 動きたくないと言う高齢相棒ドラゴンも、近くにいるのだろうか。

 それらしいドラゴンを探すフィオを、ミミはずんずん引っ張っていく。


「私はもう、今日は仕事しないって決めました! これから買い物に行くので、フィオさんもつき合ってください」

「新聞記者ってそんな自由なの!? 知らないよ、上に怒られても」

「フィオ・ベネットに密着取材してた、って言えば楽勝ですよう」

「なるほど。ものは言い様ね」


 ミミが突然こんなことを言い出したのは、間違いなくフィオを思いやってのことだ。彼女の健気な気持ち、楽しそうな笑顔を見ていると無下にできない。

 息を抜くように笑って、フィオは歩調をミミと合わせた。


「私って年下に弱いかも」


 かばん屋、雑貨屋、服屋、革物屋など五軒の店に連れ回され、フィオはぼやく。今は装飾屋だ。ここまで休憩は一切ない。

 ティルティの街は服飾が盛んだ。すべて手仕事で作られており、似た品物でも色合いや形が微妙に異なる。そんなぬくもり感じる品々を見るのはフィオも好きだが、ミミには及ばなかった。

 彼女はもれなく店内を練り歩き、新作は目敏く見つけ、店主と素材やデザインのことで話し込む。その間フィオはシャルルと待ちぼうけする他なかった。


「まあ、気分転換にはなってるけど」


 だがさすがに、足の痛みが無視できなくなってきた。シャルルに座っていようと外へ向かった時、婦人の白い胸像に目が留まる。その首にはネックレスがかけられていた。

 たまご型のペンダントトップが下がっている。素材はガラスだろうか。気泡が星くずのように浮かんでいた。神秘的な藍と紫を背景にして、まばゆい金が放射線を描いている。


「夕焼けに浮かぶ、ロードスター……」

「気に入ったんですか、それ」


 肩からぬっとミミが覗き込んできた。


「買ってあげますよ」

「いいよ、別に。そういうつもりで見てたんじゃないから」

「つき合ってくれたお礼です。フィオさんなんにも買ってないじゃないですか」

「そう言うミミだって、くつ下くらいしか買ってないじゃん」

「お買い物は見て楽しむのが九割ですから!」


 割合が片寄っている気がしなくもないが、主張には納得だ。特に各地を飛び回るフィオやミミのような人間は、物を持ち過ぎると動けなくなる。

 買う物は必要な物だけ。レースライダーに装飾品はいらない。


「ん? これって……。これ買う! 絶対買います!」

「ええ!? なに。自分に買うの?」

「フィオさんのに決まってるじゃないですか! 外で待っててください!」


 胸像からネックレスを強奪すると、ミミは一目散に会計へ走っていった。足の痛みが邪魔をして、フィオは引き止め損なう。

 結局ミミはネックレスを買った。なぜか上機嫌な彼女に代金を払おうとしたが、のらりくらり逃げられる。

 ならば、おごり返すまで! と、ついでに足を休めたくて、フィオは目についたカフェにミミを誘った。


「さっきはなんで急に食いついたの?」


 森のはちみつバターパンケーキを半分に切りながら、フィオは尋ねる。ミミから四種のベリーソースとくるみのたまごトーストをひと切れ受け取り、半月のパンケーキと交換した。


「あれ、ロケットペンダントだったんですよう!」

「ふうん。転写絵入れられるんだ」


 まずはパンケーキを黄金の蜜と絡めて、ぱくりといく。花のさわやかな香りが鼻腔を抜けたかと思えば、バターの濃厚なにおいと味が口を満たした。

 舌には生地のなめらかな触感が広がり、咀嚼そしゃくするほど甘く、もちもちと弾む。添えられた木いちごやブドウと合わせれば、あふれ出す果汁と交わって生地がしっとり絡みついた。

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