197 真実を伝える者②

「知っていますか。今月の暴走事件発生件数は、すでに先月の二倍。五ケタに届こうとしています。小さな村や町では、正気を失ったドラゴンを収容する竜置所りゅうちじょが満杯で、対応が追いつかなくなっています。このままでは、一番恐れていたことがはじまってしまうんです……!」

「ドラゴンの、射殺……」


 シャルルの首筋がひくひくと震えた。相棒は不安を感じながらも、けしてフィオを見ようとしない。まるで都合の悪い現実から逃げるように。

 フィオもずっとそうしてきた。暴走ドラゴンを目の当たりにしても、問題に立ち向かっていくランティスを見ても、感覚を遮断して思考を放棄することで、レースに集中した。

 私はしょせん、一介のライダーに過ぎないのだから。


「すみません、脅すようなこと言ってしまって……。でも私は、知ってしまったからには、見て見ぬふりができないんです。記者としても、ドラゴンの友人としても!」


 ひざに置いていた手に、ミミの手が重なった。グッと近くなった彼女の切実な声が、耳に吹き込まれる。


「大事な時期に不躾ぶしつけであることは承知です。それでもお願いですフィオさん! 明日、私の実家でテーゼに会ってください!」


 ひとつ息をついて、フィオはハンドルを握っていた手でやんわりとミミの手を外した。息を詰める彼女の頭を、手探りでぽんと叩く。


「『お願い』って言ったのが唯一気にくわないかな。私が渋々協力するみたいになるじゃない? そりゃレースのこと考えると揺らぐけど、私を脅してでもゆずれないあなたの信念に、口説かれてもいいかなって思ったんだから」


 振り返ってフィオはにやりと笑う。


「私だって、シャルルといっしょにいるためなら、なんだってする覚悟だよ」


 とたん、ミミは両手で口を覆った。瞳の光が増えたと思ったら、うっすら膜を張ってうるんでいく。髪から覗く耳先が、心なしか赤くなっているように見えた。


「良……」

「よ?」

「はあーーーーーー……っ。しんどい」

「待って。なに、急に体調不良!?」


 頭を抱えてミミは項垂れた。慌てるフィオをよそに「供給過多で心臓止まる」などと、物騒なことを言う。

 もしや持病かとフィオが覗き込むと、ミミはポケットに入れていたキャスケットで顔を隠し、大きく仰け反った。


「次のお給料全部、お布施としてお肉買わせてもらいますから」

「なんでお布施? 買ってもらうの私のほうじゃない?」

「私が買いたいので、これでいいんです」


 突然話が噛み合わなくなったことには戸惑ったが、ミミの様子はしばらくして治まった。

 家まで送るとフィオは申し出たが、ミミは百面相したあとムスッとした顔で断りを入れた。

 実家にいる両親のことを考えたのかもしれない。逆に気を遣わせるだけかと、フィオも食い下がらなかった。


「じゃあミミちゃん、気をつけてね」


 宿へ繋がる横道の前で切り出す。


「はい。明日は宿まで迎えにいきます。朝の十時でいいですか?」

「わかった、十時ね。受付のソファで待ってるから」


 互いに手を振って別れる。歩き出してすぐ、シャルルはフィオの背中をつついてきた。乗れ、と言っている。


「いいよ。今はあなたの顔を見たいの」


 オレンジ色に染まった陽光は深い木々に遮られ、森にひと足早く薄闇が降りる。木道から逸れて、枯れ葉をガサゴソ鳴らしているシャルルは、周囲と同化し、クリスタルの角だけが青くきらめいていた。


「これでよかったんだよ。声のことは私も知りたかったし、暴走事件はやっぱり見過ごせない。私になにができるかなんて、わからないけど。でも……」


 コテージの鍵を出して、フィオは先端についた輪っかに指をかけた。くるり、くるり。角笛を鳴らす時のように回して、弄ぶ。


「ジョットくんにそんな責任重大なこと押しつけられないもんね。せっかく帰ってきたのに、また離れたらピュエルだってかわいそうだ。私でもいいなら、それでいいんだ。ね、シャルル」

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