143 兄と妹

 否定を重ねられてフィオはムッとした。開いたランティスのひざの間にずいと這い寄り、うろんな目で見上げる。


「本当に? ちょっともないですか? ピクッとも?」

「そりゃ妹はかわいいし、成長したら母上のようにセノーテで一番の美女に違いないが」

「思ってたよりシスコンだよこの人。でもそれはつまり、女性としての魅力を感じてるってことですよね?」

「違わないけど違う! あくまで兄として、身内のひいき目だ。この前提はなにがあろうとも覆らない!」


 頑ななランティスの態度がフィオの琴線をつつく。

 マドレーヌの魅力を認めているのなら、もう半分は惹かれているようなものだ。きっと意識していないだけに違いない。

 守りたいと思うのも、自分がナビをやりたいと思うのも、執着。それは恋人に向ける欲望といったいなにが違うというのか。

 常識に固められたランティスの理性にほころびを見出ださんと、フィオは腹へ伸しかかる。


「わからないじゃないですか、マドレーヌがもっと成長したら。今のように健気にすり寄ってきたり、頼ってきたり。すごくかわいいと思いますよ?」

「……フィオさん、きみはなぜムキになっているんだい」


 静かな目に見つめ返され、フィオの肩は大げさなほど跳ねた。腹に置かれた手をやんわり下ろして、ランティスは少し身を離す。

 他の家庭のことはわからないけれど、と前置いてランティスは自身の腹を探るように、目を伏した。


「僕にとって妹は守るべき対象だ。その思いが覆ることはない、あり得ないと断言できるのは、マドレーヌが絶対不可侵の存在だからだよ。僕でさえ踏み込めない。いや、踏み込ませない」


 ランティスは春風のようににっこりと笑う。


「もしこれを侵すようなことがあれば、僕は迷いなく死を選ぶ」


 ほころびなんて最初からなかったのだと悟り、フィオはだらりと手を投げ出した。

 ジョットのことを話しているつもりが、いつの間にかフィオの目にはキースが映っていた。ひとりの女性として見ることはないと、否定されているのはマドレーヌではなくフィオだった。

 死は絶対の拒絶だ。地面に滴る水のように、二度とこの手には掴めない。


「妹は、妹のまま……?」

「妹は妹のままだ」


 でももし、ふたりの間に血の繋がりがなかったら?

 前提を覆しかねないこの質問は、フィオに残った最後の望みだった。だからこそ、放ってしまえばもうあとがない。想いを殺すか、キースが死ぬかだ。

 まだだ、まだ。とどめを刺されるなら、彼がいい。


「でもフィオさん、こんなこと聞くってことは、もしかしてウォーレスくんのこと――」

「わあああ!? 違う! 断じて違いますから!」




 セノーテの街中央を陣取る競技場コロセウムには、六万人のドラゴンレースファンが詰めかけていた。エルドラドレースにつづき、前回優勝者と前々回優勝者が見送ったせいで、ヒュゼッペレースほどの盛り上がりには欠ける。

 パピヨンとピッピは、例年通り祖国シャンディ諸島で決着をつけるつもりだ。そしてロワ種を従えるハーディとザミルの狙いも同じ。といっても、このふたりの場合はヴィゴーレの図体が大きくて、階段井戸を満足に飛べないという事情からだろう。

 どちらにしても、常に余裕のないフィオからすれば舐めた理由だ。王者組がいなくとも、レースとあれば騒ぐ観客をにらみ回す。

 歓声で実況者と解説者の声は、半ば埋もれていた。


『ドラゴンレース発祥地! 赤岩の街セノーテよりお送りしております。ロードスター杯第三戦! 古の香りまとう格式高きルーメンレースッ! 実況は私ロ・パクパクです。そして解説はもちろんこの方!』

『スカイ・クロウ様だううるああああっ!』

『ちょっ、スカイさん!? どうしたんですか!』

『グミリブステーキ! グミリブステーキこそ肉の中の肉! 俺たちの本能を引きずり出す圧倒的肉感! 噛み応え! こいつの前では誰もが野獣と化ス!』

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