144 格式高きルーメンレース!①

『なるほど。セノーテが今売り出し中のグミ草を飼料にしたブタ料理ですね。肉がやわらかく、グミ草のように甘くなるだとか。私も食べてみたいです』

『食エ! 欲望ノママニ食ライツイテなぶレッ! ソレガオ前ノ本性ダッ!』

『いや、違いますけどね。さて、スカイさん。今回のルーメンレースで見所と言えばどこでしょうか?』

『プゥウウルアアアッ!』

『はい。やっぱりふたつの障壁区画ジャマーゾーンですよね。ふたつ合わせて全長十六キロある障壁区画ジャマーゾーンは、竜騎士団の訓練流に仕かけが施されております。詳しくは見てのお楽しみに。そしてルーメン古国と言えば――』

『グミリブステエエエキッ!』

『そう! 階段井戸です。数ある中でも本レースのコースに指定されたのは、レイラ・ヴァヴです。なんと千年前のもので、竜騎士の祖チェイスの母君の名前がつけられた、大変価値のある歴史的遺産です。どうぞ、古の風を感じながらレースをお楽しみください! では次に、注目選手を紹介しましょう。まずはなんと言っても、前回優勝者の――』

「フィオ!」


 ふと、上から呼ばれてフィオは目を向けた。だが、シュタール・イージスに跨がる男を見て、なにを言われるか予想がつき逃げ出す。男は青髪をふわりと揺らして、あっさり回り込んできた。

 赤紫色のキースの目は気遣わしげで、わずらわしさ二割増しだ。


「新聞見たぞ。人さらいに襲われたって」

「ん、まあね。でも私はほら、見ての通りだから」


 話は終わった、とフィオはきびすを返す。しかし行く手を、ジェネラスの頑強なしっぽが塞いだ。


「犯人に撃たれたナビっていうのは、お前のとこのだろ」

「はははは! フィーオー!」


 その時突風がフィオとキースの頭上をかすめていった。キッとにらみ上げると、複眼のマティ・ヴェヒターが舌を出しておどけている。その背中にいる金髪男も、たいがいふざけた顔で笑っていた。


「お前のクソ生意気なガキの姿が見えねえなあ。もしかしてゲミニ・カブトに食われたのか? あひゃひゃひゃ!」


 フィオは無言で染料弾を撃った。当然ながら当たらず、ジン・ゴールドラッシュはスタート位置の先頭へ遠ざかっていく。

 ちっ。運のいいやつめ。

 荒々しく弾を込め直すフィオの横に、キースが相棒から下りてきた。


「だいじょうぶか?」

「元気過ぎるくらいだよ。だから医者に嘘ついて処方させた睡眠薬盛ってきた。今頃ベッドでぐっすりだよ」

「違う。まあジョットのこともあるが。お前だ、フィオ」


 ライフルを抱える手に触れられて、フィオは目をまるめた。大きくて少しかさついた手が、まるで労るように肌をなでる。

 そしてぎゅっと込められた力は、フィオの存在を確かめるようだった。


「怖い思いしなかったか? 怪我は? ジョットのことで、自分を責め過ぎるなよ」


 まるで見ていたかのような口振りに、心が揺さぶられる。実際、ジョットが目を覚ますまでの自分は、ひどかったと思う。

 そんなフィオの様子まで、キースは容易く想像してみせる。長年ともに過ごしてきた絆を感じてしまう。心地いいと思わされる。やっぱり好きだと、火を灯される。

 子ども騙しのキスしかしてもらえない身の上で。


「……キース。心配はうれしいけど、私たちこれから争うライバルでしょ。レースに集中したいから、その話はあとにしよ」


 ライフルを見つめたまま言えば、頬に視線を感じた。ワイン色の目に絡められれば最後、またキースをねだってしまいそうで顔を上げられない。


「わかった。怪我するなよ」


 近くで羽ばたきの音がして、風がフィオの髪をなでた。ジェネラスの羽音は少し前で着地する。知らず知らず詰めていた息を吐いて、フィオもシャルルの背に跨がった。


「怪我するなよ、なんて熱烈だね。苦しいくらいに」

『フィオさあん……』

「なに、ジョッ……ランティスさん」

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