204 明けない夜③
叫び出したかった。今すぐヴィオラのように、この冷たい床に額をすりつけて、なり振り構わず誰かのせいにしてしまいたかった。
けれどシャルルは、他でもないフィオのドラゴンだ。卵からかえるのをこの手で取り上げた。その日からシャルルは弟で、友だちで、唯一無二の相棒になった。
ささやかな幸せも、突然の孤独も、練習の辛さも、勝利の喜びも、すべてを分かち合った半身。彼が罪を犯した時だけ、どうして他人のふりなんかできる。
ヴィオラにはフィオを罵る権利がある。けれどフィオは泣くことも許されない。兄を殺したのは、フィオの半分なのだから。
「くそ……くそっ。どうして! どうしてだよ……っ!」
やりきれない思いを、向かう先のない怒りを、拳に乗せて叩く。ずっとフィオを苛みつづけ、一時シャルルとキースと離れる原因にもなった中途半端な足を。
こんなものいっそ転落事故で失っていれば、最後の夢を見ることもなかった。
「砕けろ! 砕けろ! 砕けろ!」
「フィオさんやめてください……!」
『フィオ、まだ諦めてはいけません』
涙声のミミに腕を掴まれた時だった。体の内側で声が響く。
『この悲劇を食い止める方法があります』
「……それは本当なの? どうやって」
『お話します。今すぐ私のところに来てください』
木立のさざめくような音がして、気配が遠のく。けれど消えはしなかった。シャルルやジョットと同じようにはっきりと、声の主の居場所がわかる。
「フィオさん? だいじょうぶかい。なにが本当だって?」
戸惑いがちに尋ねてくるランティスには答えず、フィオはミミに向き直った。絡みつく彼女の腕をやんわりほどいて、涙に濡れる目を見つめる。
「ミミ。約束通りあなたのドラゴンに会わせて欲しい。今すぐ」
「な、なに言ってるんですか。まだそんな動ける状態じゃないですよ! とりあえず、お医者さんに診てもらわないと」
「声が聞こえたんだ。今すぐ来いって言ってる。もしあの声があなたのドラゴンのものなら、あなたも感じ取れるはず」
「声……テーゼが」
胸の内に耳を傾けるように、ミミは顔を伏せた。
フィオはランティスに目を移し、力なく笑いかけながら言葉を探す。
「なんのことかわからないと思いますけど、私は行かなければなりません。あとのこと、頼んでもいいですか」
「事情は話してくれないのかな」
なにも話さずすべてを押しつけるのは、さすがに卑怯だ。ランティスは自身や妹との約束を投げ打ち、暴走事件解決に尽力している功労者でもある。
「実はミミのドラゴンが、一連の事件を解く鍵を知っているらしいんです」
「フィオさん!」
ミミが会話に割り込んでくる。
「確かにテーゼが呼んでいます。行きましょう。ドラゴンタクシーを呼びます」
「待ってくれ。そういうことなら、僕も同行させて欲しい。コレリックを出すよ」
さっそく向かおうとするフィオとミミを呼び止め、ランティスは申し出る。フィオはミミと視線を交わし、ありがたくうなずき返した。
霊安室をあとにする。その敷居の前でフィオは立ち止まり、冷たい部屋を振り返った。
「今度は私が守る番だ」
境界を越えて、踏み出す。静かに閉めた扉を、フィオはもう振り返らなかった。
「私たちレ家の長女は代々、森の守り神であるテーゼに巫女として仕えてきました。一般的な相棒ドラゴンとはまた違う関係ですが、祖母も母も私も、テーゼの気持ちはなんとなく読み取れます。そしてテーゼは、現代の動物分類学で言うところのロワ・アンティーコトラヴァーです」
「まさかミミさんもロワ種の相棒だったとはね」
ランティスが感心して言うと、ミミは照れたようにはにかんだ。
コレリックの背に乗ってティルティの上空を飛ぶ。フィオは怪我を考慮して、ランティスのひざに抱えられた。その後ろに跨がったミミの案内で、郊外の森へつづく木道を辿っていく。
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