251 衣を脱ぎ捨てて③

 くしゃりと目を細めて、弾けたチェイスの笑顔は少年のようだった。無邪気にまた抱きつかれて、フィオは文句を言いながら笑う。

 溶け合った体温は心地よく、隙間風さえ気にならない。

 ドラゴンが親愛を示すように、チェイスはフィオの肩に額をすりつける。お返しにフィオからも、彼に頬ずりした。


「俺が衣を脱げるのは、お前の前だけだな」

「いつでもどーぞ」

「そんなこと言っていいのか? その時は、お前にもハダカになってもらうぞ」

「バカ!」


 にやりと笑った顔に、フィオは頭突きを食らわせた。


「今そういう空気じゃなかったでしょ! 変態! 離れて。私服着るから」

「いってえ……っ。拳に加えて頭まで頑丈か。やっぱり族長の妻が務まるのは、嫁しかいない」

「はいはい。どうせ私はか弱さとは無縁の女ですよ」


 ベッ、と舌を出しフィオはチュニックをかぶる。革袋の上に落ちている腰ひもを拾ったところで、「いや」とチェイスが言った。

 見ると彼も上着を着て、髪をなでつけている。腰ひもを探しているのか、下を向いたままつづけた。


「夢物語を叶えるには、俺様ひとりだと少しきつい。だが嫁、お前がいっしょならできる気がするんだ。これからもずっと、俺のそばにいてくれないか」


 腰ひもを締めてちらとフィオを見たが、チェイスはまた視線を下げた。長の飾り布はまだ、床に置かれたままだ。

 この言葉は彼の、まっさらな心から生まれたものなのだろうか。

 トクトクと震える胸に手をあてる。服越しにシャルルの角笛が触れた。フィオは笛を握り締めて、にかりと笑ってみせる。


「ヒルトップ村一番の色男益荒男ますらおのチェイス様に、なびかないものなんてないんでしょ。口説いてみせてよ、ドラゴンも。私は相棒として手伝ってあげるから」


 せつな、チェイスはかすかに目を細めた。

 けれどすぐに小さく笑って、拾い上げた青の飾り布をまとう。腕を組み、不遜ふそんに体を反らし、小憎たらしく口角を上げた彼は間違いなく、千年も名を語り継がれる岩の族長チェイスだった。


「その通りだな。俺様の美しさはドラゴンさえ堕ちる。だが相棒は聞き捨てならないな、嫁。全部片づけたらすぐ婚礼の儀をおこなうぞ。それとお前への処罰を思いついた」

「婚礼とか言ってるそばから!? 待って待って。なんか緊張してきちゃった! なるべく痛くないのでお願い。あと長く拘束されるのも嫌!」

「罪人のくせに注文が多いぞ。まあ、安心しろ。痛みも拘束時間も嫁次第だ。ただしこの処罰は、どの部族でも最も恐ろしくむごいと言われている。生きて耐えた者はいない」


 フィオの頭からサアッと血の気が引く。手足を縛られて引きちぎられる光景が目に浮かび、押し込まれた袋に毒ヘビや毒グモを入れられる断末魔が耳に響いた。


「違う! 私が言いたいのは一瞬であの世に逝ける罰じゃなくて――」

「悪いな、嫁。もう決めた。お前は明日、族長たちを迎える宴の余興として、ドラゴンの刑に処す!」

「いやあああっ! ……え、ドラゴン? というか明日!?」

「場所は闘技場コロセウム。全兵士も呼んで盛大な舞台にしてやる。せいぜい楽しませてくれよ?」



 * * *



「はあ、やっと落ち着いてくれたか。よかった」


 ジョットは真新しい布にくるまれた赤ん坊の顔を見て、ようやく息をつけた。

 ココの母が産気づいた時はどうなることかと思ったが、村の助産婦にあたる老婆のお蔭で、赤子は無事産まれた。

 名前はモモ。女の子だ。また一歩、現代のミミへ繋がる血筋が伸びたのかと思うと感慨深い。


「ジョット! モモのめんどうみてくれてありがとう。だいじょうぶだった?」


 木と木を繋ぐ橋をポクポク鳴らして、たいまつ片手にココがやって来る。

 今ジョットがいるのは、助産婦の老婆の家だった。すでに床に伏した老婆を気遣いつつ、ジョットはココにモモを見せる。


「さっきまで泣いてたけど、おしめ替えたら機嫌直してくれたよ。お母さんの様子はどう?」

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