250 衣を脱ぎ捨てて②
もういい、と言うようにチェイスは顔を背けた。それを追ってフィオは床石に座り込み、チェイスの横顔を見つめる。頬を照らす灯が、陰影を濃く浮かび上がらせていた。
「未来で得た私の知識は、この時代でも通用してる。おチビにできて、プッチにできないことはないでしょ? あなたはプッチと生きていけるんだよ。あなたたちが新しい未来をみんなに見せてあげるの!」
「だったら未来の知識とやらで、どうしてシャルルを止められなかった」
「この時代の決定的な
「それが人竜戦争、か? 戦いは終わらない? お前は何年後から来たんだ」
「千年」
瞬きも忘れて呆然としたあと、チェイスはうつむいて黙り込んだ。
到底信じてもらえないだろう。見せられる証拠もない。
チェイスに未来の話をしたのは、彼を信じ抜くと決めたフィオの決意だ。そして彼にも、ほんの少しでいいから未来の可能性を信じて欲しかった。
「チェイス。今は夢物語でも、未来は変わっていくんだよ。だって新しく生まれてくる命は、人もドラゴンも無垢だから。あなたとプッチが出会ったのは、間違いでも罪でもない。希望だよ」
近々、合同演習という名目で四部族の大軍が集結するという。それまでになんとかチェイスが納得してくれれば、三人の族長と話し合いに持っていける。
今晩はひとまず、時間を置こう。そう考えていたフィオだが、チェイスが突然衣服に手をかけてぎょっとした。
「なっ、え、なななにやってるんですかチェイスさん!?」
「うるせえ! こんな夢物語、族長の服着てやってられるか!」
青い飾り布が宙を舞い、腰ひもがたわむと同時に短剣が床石を打つ。襟元をがばりと開いたかと思うと、チェイスはチュニックを一気にたくし上げた。
「きゃーっ!」
たいまつの火が、鍛えられた肉体を照らす。フィオはとっさに目を覆い、指の間からちゃっかり見た。
薄い脂肪を押し上げる筋肉の隆起がはっきり見てとれる。特に腕回りがすごい。上腕二頭筋と上腕三頭筋が織りなす明暗の美しさ、前腕筋群の盛り上がりに対して、しなやかに細い手首。大胸筋は厚く、鎖骨を越えた陥没が際立ち、雄々しい線を浮き彫りにしている。
男性レースライダーにはない肉体美に、頬の熱を下げられずにいると、屈強な腕がフィオに向かって伸びてきた。
「え」
気がつけば厚い胸板に受けとめられ、抱き締められる。胸当て布をまとっただけの肌が、びくりと跳ねた。触れ合ったところが熱い。彼の毛先が首をくすぐる。
ドクドクと騒ぐ胸が当たっていた。身を離そうとすると、チェイスの腕がますます締まる。後頭部に回った手に押さえられて、フィオは顔を上げることもできなかった。
「嫁、一回しか言わないからよく聞け」
かすれた声が、フィオの意識を奪う。
「俺は、もう一度プッチを抱き上げたい。あいつの好きなグミ草汁を食わしてやりたい。あいつと一度だけ感じた……世界の広さをっ、風をっ、空の青さをっ、死ぬ前にもう一度感じたいんだよ……! お前が、お前が言う新しい未来を、俺はプッチとともに生きたいっ!」
「許すよ」
フィオがそっと背中に腕を回すと、チェイスは怯える子どものように震えた。金と青が混じる彼の髪をやさしくなで、裸の心を包み込む。
「今はまだ、世界中の人々が許してくれなくても、私と、それにレイラさんは、チェイスの味方だよ。岩の族長じゃない、プッチの友人チェイスのね」
「あいつは俺を許してくれるだろうか……」
どこかの誰かに似ていると思ったら、笑みがこぼれた。少し身を引いて、ムッと顔をしかめるチェイスに、フィオはまた笑う。
「それならだいじょうぶ。きっとね、プッチも同じこと考えてる。私とシャルルがそうだった。相棒同士はね、似てるんだよ」
「相棒?」
「唯一の絆で結ばれた人とドラゴンのこと。チェイスとプッチは惹かれ合ったから、それに近いと思う」
「そうか。あいつに謝れたら、そうなれるといいな」
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