249 衣を脱ぎ捨てて①
「ほら。ドラゴンを殺すのは父と兄のため。平和な世界を作るのは民のため。それはどっちも“みんなが望む族長”の姿。あなた自身の願いじゃない。その衣を脱いだまっさらなあなたの心は、なんて叫んでいるの?」
長だけが身につけている、肩かけの青い飾り布を握ってチェイスは沈黙した。
無意識か意識的かわからないが、彼は「チェイス様」と自分を呼んで理想の族長を演じている節がある。まじめな話ほど「俺様」と言わないことに、フィオは気づいていた。
絵描きが好きでひな竜を愛でるチェイスは、いらなかった。彼もまた父への自責の念から、そんな自分を許さなかった。
長の衣は誓いであり呪いであり、彼を縛る手枷だ。
「ねえ、私からもひとつ聞いていい?」
沈黙をせっかくの機会と捉え、フィオは口を開く。
「どうしてまだ、私の話を聞いてくれるの」
「……逃げなかっただろ。お前は、剣を向けても怯まなかった。俺の目をまっすぐ見つめ返してきた。過ちなんてひとつも犯してないって顔で、笑った。……それだけだ」
くそっ。チェイスは突然悪態をついて、髪を乱雑に掻く。
「甘いって思っただろ。笑いたきゃ笑えよ」
「私なにも言ってないじゃん」
「顔がうるせえんだよ……っ」
たいまつはチェイスの向こうにあって、絶対表情まではわからないと思ったが、フィオはそういうことにしてあげた。
「チェイス、こっちに来て」
石壁に反響した自分の声は、少しぎこちなかった。そこに含まれる緊張を察したのか、チェイスも神妙な顔つきをして、たいまつを手にやって来る。
床石の間にそれを差し込み、チェイスはフィオの前にあぐらをかいた。
首から肩にかけ凹凸を残す傷に手をやりながら、フィオは意を決する。
「この傷はね、ドラゴンに噛まれたものなの」
「知ってる。ひと目見てわかった」
さすがドラゴンから村を守ってきた人だ。フィオは感嘆の呼気を挟み、つづけた。
「そのドラゴンの名前はシャルル。私の母の名前からつけた。幼い頃からずっといっしょにいた友人で、
「邪教の民はそれが普通なのか? いや、やつらはドラゴンを神と思ってる。嫁はまた別の部族だったのか?」
目を見開き、チェイスは驚くままにまくし立てる。フィオは「それはあとで話すから」と言ってなだめた。
「でもシャルルはある日突然、私に襲いかかった。本能に突き動かされるように。そこへ兄が来てくれて、私は助かった。けれど兄は、シャルルに首の骨を折られて死んだの……。これはその時の傷」
今も思い出すだけで目の奥がうずき、手足から熱が逃げ出していく。感情があふれる前に、フィオは大きく吸った息ごと呑み込んだ。
伝えたいのは悲しみでも痛みでも、ましてやドラゴンの恐ろしさでもない。
「兄は死んだのか」
ひざの上に拳を置いて、チェイスは淡々と話を受けとめていた。
ドラゴンに襲われたと現代で話したら、誰もが耳を疑う。しかしここでは、それが当然だ。
「お前は兄を殺されても、ドラゴンをかばうのか。そんな傷を受けても、やつらに思いやりや信じる心があるって言うのか」
「チェイス、待って。私はね――」
「そんなことが許されるならっ、俺は……!」
「許されるよ」
弾かれるようにチェイスは目を起こした。たいまつの火が隙間風に煽られるのに合わせ、彼の瞳の光も揺れ動く。
チカチラ、見え隠れするまっさらな光を見つめ、フィオは微笑んだ。
「人はドラゴンを愛し、ドラゴンも人を愛し、互いに唯一無二の絆を結んで一生を添い遂げる。それが当たり前の世界が来る」
「ウソだ。そんなこと、あり得ない」
「信じて。私はこの目で見てきた。私は人とドラゴンが共生する未来から来たの。人竜戦争を止めるために、友人のドラゴンが命がけで送ってくれた」
「は……なに言ってんだ。未来? それこそ夢物語だろ」
「そうかな。私とおチビさんの絆は、夢をひとつ叶えてる」
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