248 拒絶②
『ジョットくん』
舞い戻ってきた角笛を受けとめつつ、心で語りかける。
『ジョットくん、聞こえる? フィオだよ』
『……オさん! フィオさん! よかったっ、気がついてくれた! 俺ずっと話しかけてたんですからね! なのにあなたはきれいに無視してくれちゃって!』
『ジョットくん聞いて』
『シャンディだって黙って出ていったでしょ!? 本当にあなたはいつもいつも……え、なんです?』
『こっちに来てはダメ。あなたは森の民の村で、じっとしてなさい。私のほうはだいじょうぶだから』
『は……?』
『すべてのほとぼりが冷めたら、テーゼと話して――』
「よお、嫁。やってくれたな」
ひたりと首筋に冷たいものがあてがわれ、フィオは目だけを動かす。後ろにチェイスが立っていた。剣をフィオに突きつけ、薄く笑っている。目が合うと剣身の面で気道を圧迫された。
『元の時代に帰ろうね、いっしょに』
「そんなに拷問部屋に行きたかったのか?」
『嫌だ! またひとりで行かないでよフィオさん!』
内に響くジョットの声を聞きながら、フィオはまぶたを下ろす。喜びも切なさも、ジョットへの思いは全部暗闇に沈めて、心を閉じた。
ただ、風の音だけが通り過ぎる中、フィオはチェイスを見つめて微笑む。
「……そうだね。あなたが拷問してくれるなら」
拷問部屋に入るなり、チェイスはフィオを突き飛ばした。手をついた床には赤土が薄く積もり、ところどころ覗く床石も赤黒い。
目の前には台のような木製の手枷があり、壁には鉄杭、ムチなどがこれ見よがしに飾られている。
ここで拷問を受けた罪人は、隣の石牢に捨て置かれるということだ。
「まずはなにからいく? 俺様としてはムチかな。熱した鉄杭も捨てがたいが」
たいまつを石壁の隙間に突き立て、チェイスが楽しげに言う。供は扉の向こうに待たせ、フィオとチェイスの一対一だ。
フィオはさっさと立ち上がり、手や服についた砂を払った。そして革袋、腰ひもを次々と外し、チュニックの裾に手をかける。
「おいおい。拷問ってそういう意味か。せっかく手加減してやろうと思ってたのに、悪い嫁だ」
ひと思いに上着を脱いだフィオを、チェイスは無遠慮な目で見回して笑う。
いったいどこまで芝居なのか。本当にフィオの信頼が地に墜ちたなら、用心深い男がのこのこふたりきりになったりなどしない。
ムッと顔をしかめ、フィオは腰に手をあて堂々と仁王立ちした。
「バカ。拷問はチェイスとふたりきりになる口実だって気づいてるくせに」
「ああ、熱烈なお誘いだったな。俺だって嫁を痛めつける趣味はない。だが、お前にはなんらかの罰を受けてもらうことになる。長の俺にもかばいきれない。お前が仕出かしたことは、それだけ重罪だ」
「まあ、そうだよね。それはあとで受けるから、まずは私の話を聞いて」
チェイスは軽く肩をすくめると、こちらに向かってきた。思わず身構えたフィオだが、彼は横を通って手枷の台をポンッと打つ。
意図を計りかねていると「足悪いんだろ」とささやかれた。
「な……!」
とたん、頬に熱が灯る。
敵に情報を漏らす重罪を犯し、信頼が少なくとも揺らいだだろうフィオを、チェイスはまだ気遣う。嫁として扱う。身内をひいきすれば、長としての信も危うくなるとわかっているだろうに。
まさか本当に愛されているの?
一瞬でもそう考えてしまったフィオは、手枷に座る動作がぎこちなくなった。
「お前の話を聞く前に、ひとつ聞かせろ。なぜ森の民たちを逃がした」
そばの壁に寄りかかって、チェイスは問いかけてくる。その声は普段より硬質だった。彼の立場を思えば当然だ。
「あなたが本当はしたくてもできないことをやったの」
「なに」
「あなたはドラゴンと戦いたいと思ってない。そうでしょ、チェイス」
「バカを言え。ドラゴンを根絶やし、平和な世界を作る。それが族長チェイス様の使命であり、大願だ」
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