252 解釈違い①

「うん。もう熱は下がってる。今晩様子見てだいじょうぶそうなら、明日にはいっしょに過ごせるかな」

「大事にならなくてよかった。ココが作った薬のお蔭だな。すごいよ」


 照れくさそうに笑ったココの頬が、たいまつのオレンジ色に染まる。少女は明かりを壁の金具にかけて、隣に寄り添った。

 妹の頬をかわいがりながら、とっておきを話す声で言う。


「ジョットがいてくれたからだよ。私ひとりだったら焦っちゃって、薬の作り方も思い出せなかったかも。お世話の仕方もすぐ覚えたし、本当ジョットって頼りになるね」

「いや、おばばさんとココが教えてくれたから、どうにかできただけだよ。しっかりしてるのはココのほうだろ」

「もう、そうじゃないでしょ。私がジョットを褒めてるんだからっ」


 頬をふくらませて、かわいらしいすね方をするココに、ジョットはからからと笑う。

 その時キンと耳鳴りがした。誰かに呼ばれているような気がする。


「それにね、私は、あの……」

『ジョットくん、聞こえる? フィオだよ』


 なにごとか言いかけたココの声に重なって、なにをしていても会いたいと思っていた人の声が響いた。


「フィオさん!」


 思わず声に出してしまう。びっくりするココに言い訳する間も惜しく、ジョットは背を向けながら意識を集中させた。


『フィオさん! よかったっ、気がついてくれた! 俺ずっと話しかけてたんですからね! なのにあなたはきれいに無視してくれちゃって!』


 出てきたのは幼稚な恨み言だった。

 伝えたかったのはこんな言葉じゃない。怪我は痛くないのか、苦しい思いをしていないか、無理をしているんじゃないのか。夜も眠れないほどあなたを案じている。

 シャルルが暴走した時、そばにいなかったことを謝りたかった。キースを助けられなかった悔恨と喪失を、いっしょに背負いたかった。

 いいや、こんなのはただの理由に過ぎないとわかっている。

 建前も体裁も見栄も理屈も、全部かなぐり捨てれば最後に残るのは、どうしようもなくわがままな願いだ。

 ただ、あなたに会いたい。


『ジョットくん聞いて。こっちに来てはダメ。あなたは森の民の村で、じっとしてなさい。私のほうはだいじょうぶだから』

『は……?』


 だけど突きつけられたのは、残酷なやさしさだった。


『すべてのほとぼりが冷めたら、テーゼと話して。元の時代に帰ろうね、いっしょに』

『嫌だ! またひとりで行かないでよフィオさん!』


 とっさに叫んだ思いは、フィオに届いたかわからない。直後、マナが尽きた発光石のように交信は途絶え、フィオの気配は遠ざかった。

 彼女に帰るつもりはない。ジョットはそう直感した。辛く苦しい時ほど、フィオはジョットを突き放そうとする。前回のロードスター杯で負けた時も、足の痛みが悪化した時もそうだ。

 戦争を止められた時、自分が無事でいられるかなんて少しも考えていない!


「……っざけんな。なにも知らなければ幸せだとでも思ってんのかよ。話してくれない寂しさも、力になれない無力さも、どれだけ苦しいかわかってない……!」


 フィオのロードスター杯敗退も、転落事故も、シャルルの暴走も、新聞で知った。前日の夜までのんきに過ごして、心配もしていなかった。なによりも大切なのに、ここぞという時力になれた試しがない。


「もう嫌なんだよ! 待つだけなのは! あんたのこと他人からあとで知らされるのは! どんなに苦しくて辛いことでも、あんたの隣で同じ景色を見ていたいんだよ……!」


 気づけば赤ん坊の泣き声があたりに響いていた。ココが静かに名前を呼び、両腕を差し出してくる。一瞬なにかと呆けたが、腕の中の小さなぬくもりを思い出して、モモを姉に返した。

 妹を隣室へ連れていくココを見ていると、老婆の声もする。自分のせいで起こしてしまったのかと思うと居た堪れず、ジョットは外に出た。

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