253 解釈違い②
あてもなく、結局ココの家に向かう。
休んでいる母親に遠慮して、洗濯ひも用の滑車のそばに腰を下ろした。
雲は薄く月は明るいが、枝葉が落とす闇は深い。揺れる火の玉がたいまつで、持っているのはココだと、ジョットはだいぶ近づいてから気づいた。
「ごめん。大声出しちゃって」
隣に座ったココは怒っているというより、不思議そうな顔をしていた。
「『フィオさん』って、前に言ってた大事な人? さっきのは思い出し笑いみたいなやつなの? 思い出し怒りって言うのかな」
そんなところ、とジョットは濁した。正直に話しても、余計な疑いを持たれるだけに終わる。それにこの特別な繋がりは、ふたりだけの秘密にしておきたかった。
「ねえ。そんなに苦しいなら、忘れたほうがいいんじゃないかな。フィオさんって人」
「え」
「だってその人、勝手な人なんでしょ? ジョットの気持ち知りもしないで遠くへ行っちゃったり、話してくれなかったり。ジョット、さっきすごく辛そうな顔してたよ。私、フィオさんに関わるのあんまりよくないと思う。やさしくて頼もしくて、まっすぐなジョットとは似合わないよ」
「黙れよ」
強張るココの顔を見てはじめて、ジョットは声に出ていたことに気づいた。慌てて笑みで繕うが、ココの目から怯えは消えない。
誤魔化すのは無理だと観念した。元より、フィオを悪く言うココに流されてやるつもりも、ましてや同調するつもりもない。たとえ恩人でも、ジョットを気遣うやさしさからの言葉だとわかっていても。
「悪い。ココがそう言いたくなる気持ちはわからなくもないし、あの人は確かにひどい。でもフィオさんが俺を突き放すのは俺のためで、それがフィオさんのやさしさで強さだ。弱音を吐かないところもムカつくけど、誇り高くて大人でめちゃくちゃかっこいい。強がって突っ張って、ドヤ顔決めてるその裏では身も心もボロボロになりながら死ぬほど努力してるの最高にエモだろ。エモわかんないか、まあいい。そのフィオさんを『ひどい』と
見るとココはポカンとしていた。早口でまくし立てられ、なにを言われたかわかっていないのか。ジョットの剣幕に呆れて声も出ないのか。
どちらでもいい、とジョットはその場を立つ。
「解釈違いを責めるつもりはない。それだけフィオさんには多彩な面がある証拠だし、にわかに理解できるとも思わない。でも住み分けは必要だ。俺は今からこの家を出る。長く世話になったな。ありがとう、ココ。お母さんにも礼を言っておいてくれ」
ココの返事は待たず、ジョットは玄関前のはしごに足をかけた。下りはじめてすぐ、困惑したココの声が追いかけてくる。
「ま、待って! こんな夜にどこ行くの!? 危ないよ!」
「フィオさんがそのつもりなら、俺だって手段を選ばない。神だろうがなんだろうが、殴り込みにいってやる」
口を動かしながら心でも念じてやれば、テーゼが警戒心を飛ばしてくる。月明かりも乏しい深森の奥地へ、ジョットは迷わず踏み出した。
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