第10章 人竜戦争

254 罪人フィオ①

 お祭り騒ぎにしてくれちゃって。

 フィオは天井から響いてくる地鳴りと歓声に、人知れずため息をついた。喧騒の大きさだけでも、結構な人数が闘技場コロセウムに詰めかけていることがうかがえる。まるでロードスター杯でもはじまるみたいだ。

 人の死闘観戦なんて悪趣味だと思うが、古代ではそれが娯楽の一種だと聞きかじったことがある。人間、暇にするとロクなことを思いつかないものだ。


「かわいそうになあ、邪教さん」

「身内にも厳しいのはさすが族長と思ったが、まさかドラゴンに食わせるなんてな」


 フィオを連行するふたりの男は、薄暗い通路の中ほどで立ち止まると、そうぼやいた。見覚えがあると思えば、チェイスと出会った時に供をしていたふたりだ。

 通路の先、白く輝く出口から拍手が響いてくる。それが落ち着くのを待ってから、ここまで先導してきた男が振り返った。


「あんなに気に入ってたのに」

「そうだよな。もしかしたら、腕一本食われたくらいで止めるつもりじゃないのか?」

「なるほど。そんでそのまま嫁宣言ってか。他部族の長も来てることだしな!」

「それだ。見せびらかしたいんだよ長は! べた惚れの恋女房だもんな!」

「あのう。盛り上がってるところ悪いんですけど」


 そろりとフィオは男たちの会話に割って入る。

 そう言えば彼らは、フィオを連れ帰ったチェイスの突飛な行動をいつの間にか受け入れて、したり顔で意味深な仕草をしていた。竜狂いには否定的な村であるのに、その馴染みの早さにフィオ自身がついていけない。


「あなたたちは竜狂いが長の妻でいいんですか? というか、チェイスが私のどこを気に入ったのか、未だわからないんですけど」

「驚いたな。長はあんたを口説いてないのか?」

「いやまあ、愛情は伝わってるんですけど。一応」


 狩りに出かけてお腹いっぱいごはんを食べさせてもらったり、毎日手作りの個性的な服を着させてもらったりしている。それがこの時代において、破格の好待遇であることはフィオも理解していた。

 後ろで、フィオの縛られた縄を持つ男がうなる。


「そりゃまあ、竜狂いの嫁は意見分かれると思うけどよ。俺は長にまた、大事な人ができたってことのほうがうれしいな」

「俺も同じだ」


 先導していた男が深くうなずいて、昔を振り返る。


「この村はチェイス様から、腕っぷしの強さで長を決めることになったんだ。というのも、それまで長みたいな立場だった代表が、立てつづけにドラゴンに殺されちまってな」

「その代表がチェイス様の父君と兄君だ」


 縄を持つ男の補足に、フィオはうつむく。愛する人を奪われたからこそ、チェイスの長への思いは並々ならぬものだったろう。


「不幸がつづいたこともあって、村のみんなはまず、長に嫁をもらってもらうことを望んだ。岩の民の女を全員掻き集めたんだぜ。それこそ少女から老婆まで」

「他部族からの求婚もあったなあ。うちの長は色男だからよ!」

「でも長はみーんな断っちまった」


 もったいない、と後ろの男がぼやく。フィオは先導の男を見上げて、首をかしげた。


「どうして?」

「俺らにもわからない」

「俺は少しわかる気がするな。長の気持ち」


 そう言ったのは後ろの男だった。見ると腕を組んで、当時に思いを馳せるように天井を見ている。すっかり忘れられた縄は、宙にぶら下がっていた。


「長はよお、きっと失い過ぎたんだ。だから怖くなっちまったのさ、大事な人を作ることを。あの時は特に、兄君を亡くした直後だったろ」

「おお。お前の口からそんなまともなことが聞けるとはな」


 おい! と先導の男に掴みかかる拍子に、フィオは押しのけられた。今なら余裕で逃げ出せるが、「冗談だ」と笑い合っているふたりは気づかない。


「そんなわけでよ。俺も正直、邪教さんのどこがいいのかはわからない。でも長が恐怖よりも勝るものをあんたに感じたんだ。応援するしかないだろ」

「元より岩の民は、長を信頼してるからな。なんだかんだ言いつつ、みんなあの人についていくだろうよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る