255 罪人フィオ②
「みなさん、チェイスのことを慕っているんですね」
よせよ。そんなんじゃないって。と、ひとしきり照れ笑いしたあと、男たちは野放しになっているフィオに気づき、慌てて確保した。
そこへ、低い地響きのような音が落ちてくる。地面さえ揺れていると感じる大きな音に、フィオはなにごとかとあたりを見回した。
しかしふたりの男たちは心得た様子で、鉄の格子扉前へフィオを突き出す。
「幸運を」
背後の男はそう言ってフィオの縄をほどいた。
「あんたが生き残ってくれることを、俺たちは願ってるぜ」
先導してきた男が扉を開けて、フィオを中へ押し込む。なにかを恐れるように、扉はすぐさま硬質な音を立てて閉められた。
ここまでされれば、地響きは開戦の合図だとわかる。ドン、ドン。重々しい音がフィオを戦場へと誘い、追い立て、戦えと訴える。揺れる足元に掬われそうになりながら、フィオは一度後ろを振り返った。
男たちはもう歩き出していた。フィオも壁に手をつきつつ、目を焼くほどの光に向かって進む。
一陣の風を感じた瞬間、観客の声が沸き、フィオはせつな眩んだ目を開けた。
すり鉢状のだ円を描く席は、人で埋め尽くされている。浅黒い肌の岩の民の他に、顔になにか模様を描いた人々や、ひげや髪を長く伸ばしていくつも束ねている人々もいた。
彼らは一様に一定の間隔で足を踏み鳴らし、フィオに向かって拳を振り上げている。響いているのは歓声ではなかった。フィオを否定する不満の声だ。
「ふうん。なかなかいいんじゃない」
今さら人の多さに怯む
望まれていないのも慣れたこと。ドラゴンレースファンはいつだって、強く美しいパピヨンやハーディに夢中だ。期待されないほうがむしろ、動きやすくもある。
「それに、驚かせるのが好きなんだよね。ねえ、チェイスもそうでしょ」
右手の前列中央に、チェイスの姿を見つけた。なんだかとても厳つい男性に挟まれて、いつもより小さく見える。元の肌色がわからないほど模様を刻んだ男と、長いひげをおさげに結び細かいみつあみの髪を高く結んだパイナップルみたいな男だ。
きっとふたりが、他部族の族長に違いない。そう思いながら、フィオはチェイスに小さく手を振る。すると彼は、夢から覚めたように瞬きをくり返していた。
後ろにひかえるレイラに肩を叩かれ、チェイスは槍の石突を打ち鳴らす。
「これより罪人フィオの処刑を執りおこなう。罪状は
ワッと
「罪人フィオ。なにか言い残すことはあるか」
場内中の視線が突き刺さる。フィオはまっすぐにチェイスを見上げた。
彼がここで民衆に見せたいものは、憐れな罪人でも頑丈な嫁でもないことはわかっている。未来の話をどこまで信じてくれたのか、なぜ拒んでいた嫁としてフィオを望んだのか、その心のすべてを知ることはできない。
けれど彼自身と彼を慕う大切な民の命運を懸け、託してくれるというなら、惜しむ命はないと今誓う。
「後悔はありません。なにひとつ」
誇らしげにチェイスの口角が上がる。その笑みに気づいたのはきっと、何万と集まった人間の中でただひとりフィオだけだ。
「いいだろう。罪人、武器を取って構えろ。開門だ!」
石突の音とともに、チェイスの号令が響く。対岸で誰かが「開門だ!」とくり返した時、なにか重いものを巻き上げる歯車の音が鳴りはじめた。
瞬間、おどろおどろしい咆哮が通路の奥から上がる。
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