80 大人になれない①
「確かに鉱山ドラゴンに劣るシャルルじゃないけど、それにしても到着が遅いんじゃないですか? もしかして途中で迷ってたとか」
ギクッ、と男が言葉を詰まらせたところで、フィオはジョットを制した。助けられた身で強くは言えないが、単独行動の危険さは理解して欲しい。
フィオは男に向かってていねいに頭を下げた。
「この子の身も案じてくださりありがとうございます。それで、怪我人と負傷したドラゴンはどうなりましたか」
「ああ。その頃にはだいぶ岩も崩れていたから、すぐに運び出されていったぜ。今頃病院に着いてるだろ。若いやつらは意識があったし、ドラゴンは頑丈だ。きっとだいじょうぶ」
ホッと笑みを浮かべるフィオから、スキンヘッドの男はそわそわと目を逸らした。しきりに眉を掻きながら、言葉を探すようにうなる。
「あー、あんたには礼を言わないとな。いや謝罪か。元はと言えば俺のド忘れで迷惑をかけた。あいつらのために、真っ暗な坑道でひとり残ってくれて……。そんな勇気、俺らでもなかなか出せねえよ。本当にすまなかった」
「いいんですよ。誰ひとり取りこぼされず戻ってこれてよかったです。それに、謝罪よりはお礼のほうがうれしいですよ?」
いたずらっぽく笑って首をかしげてみせると、男は驚いたように目を丸めた。しかしすぐに、照れがにじんだぎこちない笑みを返す。「ありがとな」と響いた声は、ひんやりした洞穴を少しだけ暖めた。
「少年もありがとう」
シャルルに跨がってすぐ、フィオは腰に回るぬくもりを感じながらつぶやいた。ロワ・ベルクベルクを追い払ってくれたことだけじゃない。あと少しでも長くひとりきりだったら、フィオは闇に捕らわれていたかもしれなかった。
「『この世にフィオさん以上に価値のあるものなんてない』」
それは、川に入ったフィオが目覚めた時に聞いた、ジョットの言葉だ。
「そう言った俺がフィオさんを置いていくわけないでしょ? 命に替えても迎えにいきますよ」
その約束を交わしていたら、父も迎えにきてくれたのだろうか。
なんて、バカげた空想をフィオは鼻で笑い飛ばす。
「またそんなこと言って」
「俺は本気です! ファンだってだけじゃないですから。ひとりの人間としてあなたを――」
「はいはい、尊敬してくれてありがとう。うれしいよ。でもそういうかっこつけたセリフは、もっと大事な人のために取っておきなさい」
余計なことを言われる前に遮って、スキンヘッドの男をうかがう。彼は特に気にせず、先導するために飛び立った。つづいてフィオも宙に上がる。
「少年。今のは同行条件に違反する発言だからね。助けてくれたから今回は見逃すけど、気をつけてよ。変な誤解されたらそれこそ、いっしょに旅なんてできなくなるんだから」
「……悪い気持ちじゃないのに、どうして隠さなきゃいけないんだ」
「ん? なに。返事は?」
へそを曲げたのか、ジョットは返事を寄越さなかった。フィオがすんでのところで堪えたため息を、シャルルが盛大に吐き出す。
純粋な好意と捉えるには、ジョットの表現は大げさ過ぎる。ましてやそれがレースライダーとしてのみならず、フィオ個人にも向くと言うなら、なおさら受け取るわけにはいかなかった。
〈未成年保護法〉が許さない。
思春期の男の子って難しい。世のお母さんが一度は抱えるだろう悩みを、まさか未婚の身で痛感することになるとは、フィオは思ってもみなかった。
「フィオさん、今夜はいっしょに寝ましょう」
舌の根も乾かぬうちに、とはまさにこのことだ。
坑道から脱出し、救護隊に体を診てもらって、ハーディたちと別れ宿に戻ってきたとたんのことだった。自室に入ろうとしたフィオの袖を引いて、ジョットは実に無邪気な笑みを浮かべている。
「そんなことより軽くねじ切れそうなくらいお腹すいた」
「ちょ! 話逸らさないでください!」
「逸らしたくもなるでしょうが! もー! あなたわざと私を困らせてるでしょ!?」
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