79 光る山②
胸元に鋭利な牙が迫っていた。その隙間から垂れただ液が、ライダースーツを濃く染める。
フィオはせめてもの抵抗に、鎮静香を投げようとポーチに手を伸ばす。
「キース……たすけて……」
「フィオさあああんっ!」
その時、一陣の風が吹いた。シャルルの怒りに染まった咆哮が坑道に響き渡る。
圧迫が消えてフィオがハッと顔を上げると、紫と黄色に光るロワ・ベルクベルクの周りを、緑の発光石が飛んでいた。
そのランタンに照らされて、青いクリスタルと小柄な人影が浮かび上がる。
「少年! シャルル!」
安堵に涙がにじんだのも束の間、ロワ種相手にシャルルが無事では済まないと、フィオは慌てる。
「シャルル離れて! 鎮静香を投げてみるから!」
しかしシャルルは頭に血が上って止まらない。背中のジョットもフィオの声が耳に入らず、ランタンを振り回して威嚇する。
「この人に手を出すな! 下がれ! 消えろ! これはお前なんかが触れていい宝玉じゃねえ!」
ビリビリと反響する怒号が効いたのか、ロワ・ベルクベルクのまとうタンザナイトの鎧から、マナの火花が弱まった。フィオは今が好機と見て、ロワ種の足元に鎮静香を投げる。
近くにいるシャルルも粉末を少し吸い込むだろうが、冷静を取り戻すにはちょうどいい。
シャルルはすぐに効果が出た。弾かれるように後退して、羽ばたきをゆるめる。ロワ・ベルクベルクは鎮まったというより、きょとんと固まっていた。
「ロワ種には効かない?」
フィオは角笛を構えた。しかし、ロワ・ベルクベルクから深いため息がこぼれる。やがて山のように大きな体は、ゆっくりときびすを返しはじめた。
甲殻や角から黄色い光は消え、紫色だけがぼんやり灯る。
しだいにその淡い光もしぼんでいき、ロワ・ベルクベルクの巨体は完全に闇と溶けて見えなくなった。
まるで、宝山と呼ばれるドルベガの夜景そのもののようなドラゴンだ。
「フィオさん!」
においでわかったのか、この暗闇の中シャルルはまっすぐフィオの元に下りてくる。さっそくにおいをかぐ相棒の深い愛情、ランタンに照らされた少年の顔に、フィオはひざから力が抜けた。
「あっ。だいじょうぶですか!?」
すんでのところで踏み留まったが、差し伸べられたジョットの手は無性に暖かかった。
ひとりじゃないと実感する。少なくともこの少年にとって、自分の生は意味があるものなんだと、安堵が込み上げてくる。
「少年、ちょっとだけ抱き締めてもいい?」
「え……」
ジョットの返事を待たず、フィオはふわりと腕を回す。触れるか触れないかの力加減だったが、ジョットの肩が震えたのはわかっていた。
それでももう少しだけ。あと少しだけ許して、と願う。
するとひかえめに抱き返されて、不覚にも涙があふれそうになった。
「……やだ、しょーねん。くすぐったい」
「へ。……へあっ!?」
大げさにしなを作って耳打ちすれば、ジョットはウサギみたいに跳ね上がって離れた。「すみません! すみません!」と真に受ける様を、くすくす笑ってやる。
さすがに冗談とわかったようで、丸い頬をぶすりとふくらませた。
ごめんね、少年。こうでもしなきゃ大人でいられないから。
「それにしても本当に少年が迎えにくるとは。しかもひとりで?」
「あったりまえです! フィオさんに言われた通り道全部覚えました。俺、フィオさんのナビなんで!」
「ふざけんな! お子サマひとりで行かせるわけあるかあっ!」
そこへ現れたのは、若い鉱夫の居残りを報告し忘れていたスキンヘッドの男だった。どこかくたびれた様子で相棒ドラゴンから下りてきた男に、ジョットはきょとんとした目を向ける。
「あれ? ついてきてたんですか?」
「いたわ! 後ろに! 何度も止まれって言ったのによ! しかもそのナイト・センテリュオめちゃくちゃ速えし! あのな、怪我人とドラゴン預けるなり飛び出すくらい心配でも、万一のこと考えて坑道内は単独行動禁止なんだよ。わかったか」
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