78 光る山①
幼いフィオにはなにが起きたのか、ほとんど理解できなかった。けれど、泣きじゃくっていた女の子が、助け出された女性に『おかあさん!』と抱きつく姿だけは、やけに覚えている。
ぽっかり穴のあいた心に、その光景は焦げ跡となってこびりついた。忘れるなと訴えかけるように、ふと発熱しては、ジリジリ炙ってくる。
「私があなたの最愛の人を、奪ったからですか」
お父さんは私を憎んでいた?
だからあの日、
私より、見ず知らずの人の命が大事だったの?
「私は、愛されていたのかな……」
こわい。
愛されていた自信なんかこれっぽっちもなくて、義父母のノワールとニンファがどれだけ親切にしてくれても、孤独が拭えなかった。
虚ろな心を満たしてくれたのは、シャルルと空、そこへ導いてくれたキースだけ。彼らとドラゴンレースに出ているひと時が、生まれた意味を注いでくれた。
「シャルル……キース……。私は飛べなきゃ意味ないのに。レースで勝たなきゃ誰も愛してくれないのに。地下で、ひとりぼっち……」
暗闇の中でキースの姿を探せば探すほど、拒む声や遠ざかる背中や、銃口を向けられた光景が瞬く。
その時、小石を蹴ったような音がした。フィオはびくりと震え、坑道の奥に目を凝らす。地面を掻く爪音のようなものが、一定の間隔で刻まれている。
穴をねぐらにするオオカミ? クマ?
次第に近づいてくる息遣いに、フィオは浮かんだ考えを否定する。
違う。もっと大きい。
逃げなければと頭ではわかっていた。けれど、近づいてくるものの気配に呑まれて、足に力が入らない。手は震えて汗がにじみ、今にも角笛を落としてしまいそうだった。
もし風が吹けば鳴ってしまうかもしれないのに、フィオは自分の手を引き寄せることもできない。
カツンッ。
「グルル……」
暗闇から現れた前脚のようなものが、フィオのまいた発光石を弾いた。爪音の主が不機嫌そうにうなったかと思うと、緑の光がパッと消える。
割れた? いや、弾かれたあとも光っていた。まさかマナ切れ?
そのあとも、なにがかゆっくり歩くのに合わせ、あたりの発光石から光が失われていく。
もしかして、マナを吸い取ってる!?
フィオはどうにか距離を取ろうと、尻をすってあとずさった。しかし次の瞬間、あたりの照明が一斉に消え、暗闇に覆われる。
「ひっ」
思わず悲鳴がもれた。すると爪音も呼吸音もぴたりと止まる。
気づかれた!
壁伝いになんとか立ち上がり、フィオはもつれる足できびすを返す。
「ブロロロロ……」
しかし生ぬるい風がうなじに触れた。突き刺さる視線に縫い留められて、足が一歩も動かない。なのに心臓だけは早鐘を打ち、ドロリとした汗があふれてくる。
辛うじて動く首と目だけで、フィオはゆっくりと後ろを振り返った。
「あ、あ……」
黄土色の目が暗闇に浮かんでいた。声も出ないフィオの目の前で、双眼はみるみると高く上がっていく。それに呼応して、大木のような三本角、首周りの鋭い突起、背中を覆う甲殻が紫に発光していった。
それが、ぶ厚い鉱石の爪で大地を踏み鳴らした瞬間、四肢にまとったタンザナイトの鎧は、紫から黄色に変わってマナの火花を散らした。
「ロ、ロワ・ベルクベルク……!」
宝石の鎧に三本の角、規格外の体。書物で見た鉱物科のロワ種に違いない。
地響きはこのドラゴンが原因?
いっそ走り出してしまいたい衝動を堪え、フィオはすぐに目を逸らし、刺激を与えないよう慎重に下がった。ところが、ぬっと鼻を近づけられて岩壁に押さえつけられる。鼻を鋭く鳴らし、フィオのにおいをかいでいるようだった。
気遣いじゃない。私を探ってる。
それは侵入者として? それとも獲物?
「んう……!?」
ふいにロワ・ベルクベルクの鼻が持ち上がり、今度は首にあてがわれた。鼻先にある短い角が、おさげ髪を貫いて絡める。
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