282 さよならは快晴の笑顔で③
チェイスのひざをぶってやったが、彼はいっそう笑みを深めてフィオをからかった。
満面の笑みはジョットだからかわいいで済む。二十七にもなった大人が未成年にデレデレしていたら、洒落ではなく竜騎士沙汰だ。
フィオは首まで広がった熱を冷ますように、プッチに速度を上げさせた。
「それにしても、ドラゴンレースか。フィオのいる未来は遠いな」
腰に掴まったチェイスの声が、耳元でそうつぶやく。振り返ろうとしたフィオを制するように、回された腕がほんの少し締まった。
「俺も、見たかった。レースに出るフィオを。いろんなやつが、いろんなドラゴンに乗ってるんだろ。それをみんな当たり前に見てる。そんな世界で、フィオといっしょに生きてみたかった」
息が詰まり、ハンドルを持つ手が震える。そのわずかな異変を感じ取り、プッチは速度を落とした。風に乗り、赤岩に広がるヒルトップ村上空を旋回する。
村が街として残っていても、ヒルトップの名が受け継がれていても、そこにチェイスはいない。千年という途方もない歳月を、人は渡ることができない。
チェイスは死ぬ。
きっと百年も経たないうちに。
そして庭の階段井戸に埋葬され、眠りつづける。千年後の当主グリフォス・ヒルトップが、フィオを壁画の間へ案内して、その先もずっと、彼が目覚めることはない。
未来へ帰ったら、チェイスは死んでるんだ。
どうして今まで気づかなかったんだろう……!
「フィオ。せめてお前のいる未来まで届くように、プッチと生きていくよ。お前の夢が叶うことを願ってる」
堪えきれない涙を散らし、フィオはチェイスに抱きついた。
「私も……! 私もチェイスの夢が叶うことを願ってる! プッチといつまでも幸せに笑って生きていて欲しい! 忘れないっ。あなたのことずっと、ずっと……!」
「ああ、俺も忘れない。未来で待ってるから、会いにきてくれ」
その乾いたにおいを、降り注ぐ熱い眼差しを、最後に見せた快晴の笑顔を、心に刻んで抱き締める。
夜、フィオとジョットは誰にも見送られることなく、テーゼの背に乗って赤土の大地に別れを告げた。
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