第11章 夢はいつかの誰かの力になって
283 帰還①
まぶたの向こうにぬくもりを感じて、フィオは目を覚ました。窓から木板の床に陽光が差し込んでいる。長い長い旅をしてきたような疲労と充足感に、体が満たされていた。
「ジョット。ジョット起きて」
隣で同じように床で寝転んでいるジョットを起こす。
千年前のテーゼがもうすぐ着くと言っていたが、それから先のことは覚えていない。突然、ひどい睡魔に襲われた気がする。
「あれ……フィオさん。俺、寝ちゃってましたか。ここどこです?」
「私が泊まってたコテージに似てると思うんだけど。私たちちゃんと元の時代に帰ってこれたのかな」
「うー、わかりません。うまくいってれば、ドラゴンの暴走現象が収まってる。いや、そもそもない未来になってるんですよね?」
「うん。そうなってたらキースも……生きてる」
トンッ、トンッ。
そこへふいに響いたノック音に、フィオとジョットはそろって肩をびくつかせた。壁かけ時計を見ると朝の九時前。人を訪ねるには少し早い時間だ。
コテージの主人だろうか。往復二千年分の時間旅行から帰ったばかりのフィオとジョットに、人と会う約束などもちろんない。
「私が出るね」
宿の主人だったら、突然現れたジョットを見て驚かせるのは忍びない。黙ってうなずいたジョットが、棚の裏に隠れるのを見てからフィオは返事する。
なんとなく緊張しながら扉を開けた瞬間、ぬっと突き出てきた腕に首根っこを掴まれた。
「はーい、じゃないだろこのバカフィオ! お前はなんでいつもいつもめんどうを起こすんだ! 足一本の爆弾くらいじゃ物足りないって言うのか!? ええ!?」
「キー、ス……」
現れたのは兄キースだった。眉間に凶悪なしわを刻み、青髪が逆立つような剣幕をみなぎらせ、絶対零度の赤紫色の目でフィオを見下ろしている。
キースだ。フィオは唇だけでもう一度名前を呼んだ。
髪が、彼の動きに合わせて弾んでいる。肌が、瑞々しく朝陽を照り返している。声がフィオを呼んで、目が見つめ返してくれる。
「キイイイスウウウッ!」
「うるさい」
感極まった抱擁は、顔面をわし掴みにされることであえなく失敗した。
「案外元気ね。もっと慌ててるかと思った。だから来てあげたのに」
呆れたような女性の声がする。視界も塞がれて見えないが、これはヴィオラの声だ。
「ヴィオラあー! すっかり元気になったね! やっぱりヴィオラは勝気というか、上から目線くらいがいいよ!」
「ちょっと! 私のことそんな風に思ってたわけ!?」
「キースもヴィオラさんも元気そうでなによりですけど。そろそろフィオさん放してくれます?」
今度はジョットの声が割って入ってきた。背中に体温を感じるほど寄り添う彼に、フィオは内心ドキリとする。
いっしょに旅をしていた時は、これくらいなんともない距離だった。なのに今は、ジョットが近づくだけで胸が落ち着かない。
「ダメだ。今回ばかりはこいつにきっちり反省させる。一歩間違えれば、シャルルは処分されてたかもしれないんだぞ」
「どういうことなのキース! シャルルが処分って……!」
聞き捨てならない言葉に、フィオはキースの手を引き剥がした。
選択を間違えてしまったのか。過去は変えられなかったのか。暴走事件は消滅していない? キースは救えても、シャルルは守れなかったというのか。
そういえば起きてからずっと、シャルルの気配を近くに感じられない。青ざめるフィオに、キースとヴィオラはきょとんと目をまるめた。
「思っていたよりも混乱してたみたいだな」
「ええ。から元気だったのね。無理もないわ」
「いいから早く話してくれよ!」
ジョットが焦れた声を上げる。気遣うような目をして、キースはフィオとジョットの肩に手を置いた。
「ふたりとも落ち着いてよく聞け。シャルルはフィオに伸しかかって頭甘噛みしてるところを、通行人のおばあさんに襲ってると勘違いされて竜置所に収容された」
「そ……」
「そんなことで!?」
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