284 帰還②
安堵やら記憶との差異やらに、言葉が詰まるフィオに代わり、ジョットが訴える。
「俺もそう思った。けど、フィオが足引きずってたのがさらに誤解を生んだらしい。まったくドラゴンが人を襲うなんてバカげてるが、フィオもフィオだぞ」
「待ってキース! もう一回言って」
「は? だからお前が人目のあるところで紛らわしい遊びさせるから――」
「そこじゃなくて! お説教の前」
「……ドラゴンが人を襲うなんてバカげてる?」
それを口にするキースの、なんの疑いもない目に確信する。フィオはジョットを見た。するとジョットも、堪えきれない笑みでフィオを見ていた。
どちらからともなく抱きついて、「やった!」と歓声を上げる。
人とドラゴンの争いは起きなかったんだ。
チェイスとプッチが未来へ繋いでくれた。
絆を、希望を、愛を。
「なんなの。そんな常識になにかあるわけ?」
「別に!」
見計らったようにフィオとジョットの声が重なる。ますます眉をひそめるヴィオラの横で、キースは呆れたようなため息をついていた。
「じゃあ行くぞ」
「行くってどこに?」
うながすキースに、フィオとジョットはまたしてもついていけない。さすがに怪しまれるかとバツが悪くなる。
昨夜まで千年前のセノーテで、ヤギ鍋をつついていましたと言って、誰が信じてくれるだろうか。しかしキースはただ微笑んだ。
「竜置所。ランティスが口を利いてくれて、釈放が今日に早まったんだ。もちろん、シャルルを迎えにいくだろ?」
「あ、待って。ふたりともよく見たらそれ、夜着? 外は今日も寒いわよ。着替えてらっしゃい」
ヴィオラに言われて見れば、フィオとジョットはまだ千年前の薄い綿布で作ったチュニック姿だった。現代に戻った今、時渡りが夢だったかのような不思議な心地がする。
キースとヴィオラには外で待ってもらい、扉をいったん閉める。窓からは、さっそく甘えるジェネラスとデイジーの声が聞こえてきた。
「うわっ。俺の荷物ある! 俺が自分で持ってきた、のか? 変な気分だ」
「私もだよ。でも私たち、本当にやったんだよね。間違ってないよね」
何度だって確かめたい。拭っても拭っても不安がにじむフィオの胸を、ジョットは指でさし示す。
「感じてみてください。俺はもうわかってますよ」
導かれるように、フィオは自身の胸に手をあてる。とたん、ひどく懐かしい声が、フィオのことを何度も呼んでいた。
「フィオさん、待たせてすまない」
「いえ。こちらこそご迷惑をかけてすみません。キースから、ランティスさんが力を貸してくれたと聞きました。本当にありがとうございます」
鍵束を片手に、竜置所の地下牢へ現れたランティスを、フィオとジョット、キースとヴィオラはイスから立って出迎えた。
「いや、うちの騎士がおばあさんの慌てっぷりに圧されたせいでもあるんだ。許して欲しいのはこちらのほうだよ」
そう言うと、ランティスはちらっとジョットたちを気にする。首をひねるフィオの背中を押して、少し離れると声をひそめた。
「きみとシャルルがドラゴンレースの選手だって話したら、すんなり誤解は解けたんだけど……。なんでかサインがもらえるって流れになっちゃったんだ。ここの所長さんが、エルドラドレースからきみのファンらしくて。フィオさんには申し訳ないんだけど、そのほうが手続きも早く済みそうだったから、その……」
「いいですよ。サインくらいお安いご用です」
シャルルのためなら惜しむものなどない。フィオは笑顔で快諾する。それを見て安堵を浮かべたランティスの顔が、ぐいと押しやられた。
「さっさと行きますよ」
「あれ。ウォーレスくん、力強くなったかい?」
ジョットの刺すような眼光を笑ってかわし、ランティスは地下牢への鉄格子扉を解錠する。土が剥き出しの薄暗い通路は、先が見通せなくてどこまでもつづいているように見えた。
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