14 変わったもの変わらないもの①
「ごめん。私部屋で休むね」
自分の皿を持って立ち上がる。足のつけ根に違和感があった。痛みというほどでもない小さな抵抗が、やりきれない焦燥を掻き立てた。
コンッ、コンッ。
「フィオさん? 聞こえますか?」
ジョットが部屋を訪ねてきたのは、フィオが共用シャワー室から戻ってすぐのことだった。夕風にあたり、髪を拭って乾かしていたフィオは、扉越しに応える。
「なに」
「そのままでいいので、聞いてください。昼は本当にすみませんでした。俺、フィオさんにレース復帰して欲しいあまり、先走ってしまって」
フィオはそっとため息をこぼし、少年の頭を小突く代わりに勢いよく扉に寄りかかった。
「気にし過ぎ。あなたは悪くないでしょ。成人が相棒ドラゴンを連れてなかったら、誰でも疑問に思うよ」
言いながら、フィオは内心で首をひねった。そういえばジョットもドラゴンを連れていない。たいていは十歳前後で、相棒となるドラゴンと巡り会うはずだ。
この子は今何歳だっけ?
指折り数えていると、背中からひかえめな笑い声が流れてくる。
「やっぱりフィオさんはやさしいですね」
「どうかなー。いろいろあったから、あの頃よりだいぶひねくれたと思うよ」
引かれることは上等で、あえて意地悪く言う。なのに返ってきた声は、拍子抜けするほどあっさりしていた。
「俺だってデカくなったし、嘘やズルすることも覚えましたよ。変わっていくのは当たり前です。だけど変わらないものもある」
耳のすぐ後ろで、木板をなでる音がした。
「フィオさんのやさしさや暖かさを、言葉の節々に感じます。俺の大好きだった部分は、あの頃から少しも変わっていません」
背中から抱き締められる心地がして、フィオは扉から飛びのいた。守ってあげなければ消えそうだった儚い幼子と、今のジョットが結びつかず、ひとり固まる。
「フィオさん?」
「なんか、たくましくなったね」
「え? へへっ。そうですか? フィオさんにそう言ってもらえるのうれしいなあ」
照れ混じりの笑い声には、あの頃の幼さが残っていた。強張っていた体がほどけると、今さらながら再会の喜びがにじみ出てくる。
正直、会いたいとは思っていなかった。会えるとも考えていなかった。けれど、心配してこんなところまで来てくれたことに、弟に抱くような愛しさが芽生える。
そっと扉に触れて、目を閉じた。
「ありがとう」
驚いたように扉がカタンッと音を立てる。
「あなたがきっかけをくれた。シャルルのこと、ずっと怖くて口に出せなかったんだ」
ティアやギルバート、村人たちが、ドラゴンに見放されたフィオをどう思っているか、想像するだけでのどが絞まった。言葉にしたら最後、それが現実になりそうで震えていた。
「でも、話してみたら案外すっきりした。ティアもギルバートもああ言ってくれたし。少し考え過ぎてたんじゃないかって思えたよ」
「そうですよ! 俺もノックするまで、フィオさんめちゃくちゃキレてたらどうしようって不安だったんですけど」
「私のことやさしいとか言っといて、そんな心狭いと思ってたわけ。ほーん?」
「いあっ、ちが! そうじゃなくてですねっ。やってみなきゃわかんないなって思ったんです! やっぱり声に出さないと、どんなに信頼してたってその人の心は伝わらないんだなって!」
「声に出す……」
急に視界が開けたように感じた。
シャルルとは繋がっている。その感覚に囚われ過ぎていなかっただろうか。心を閉ざされたのなら、言葉で伝えればいい。
互いの言語まで理解することはできないけれど、目と目を合わせればきっと通じるものがある。
「その言葉、すごく冴えてるね。私、明日シャルルに会いに行ってみる」
「ほ、本当ですか! じゃあじゃあ、俺も行っていいですか!? 今日はここに泊まることにしたので! フィオさんの隣の部屋です!」
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