13 悲しい食卓②

 改めて、ティアとギルバートに自己紹介してから、ジョットは真剣な目をフィオに向ける。


「フィオさんの足の怪我は、治ったんですか……?」

「一応ね」


 答えるとジョットは大きく息をつく。「よかった」と消え入りそうな声でつぶやいた。なんだかムズムズして、フィオはイスの上で身じろぐ。


「じゃあドラゴンレース、復帰するんですよね?」


 その瞬間、ピリリと張り詰めた空気に、ジョットだけが気づいていない様子だった。深く息を吸って、フィオは逆立ちそうな気持ちを抑える。


「それはまだわからない。当分先かも」

「え……。どうしてですか。先っていつですか」

「怪我の他にもちょっと……問題があるの」


 そう言うのがやっとだった。フィオは無意識にギルバートを見て、助けを求めていた。しかし医者よりも早くジョットが口を開く。


「問題? そういえば、シャルルの姿が見当たらないってずっと思ってたんですけど」


 そんなたったひとことで、フィオの心を保っていた壁がぐにゃりと変形する。歪んだ隙間から、押し込めていた記憶がこぼれ出した。

 シャルルの怒りに染まった声がよみがえる。指に振り払われた時の痛みが走った。ぎゅっと閉じたまぶたの裏には、フィオを拒む青い瞳が焼きついている。


「まさかシャルルも怪我したんですか?」

「違う。シャルルは」

「フィオ、もういいよ」


 やんわりと止めるティアの声は、フィオに届いていなかった。


「シャルルは私を、見放した」

「そんなことない! あり得ない!」


 ティアの悲痛な声が広間に響く。その時、玄関扉から物音がした。ドアノブがガチャガチャと動く音に混じって、ドラゴンの間延びした声が聞こえてくる。

 やがて器用に扉を開けたレフィナが、上品な角を窮屈そうに潜らせて、中へ入ってきた。その後ろでアヴエロも、縦長の角をつっかえさせながら覗き込んでいる。


「だいじょうぶよ、レフィナ。ありがとう」


 鼻先を押しつけて、しきりににおいをかぐレフィナを、ティアは首をなでてなだめる。間延びした声も、においをかぐ仕草も、ドラゴンが心配している時に取る行動だ。


「離れていても、魂の絆で結ばれた人とドラゴンは、互いの心を感じ取れる。どんな時も、なにがあっても。だからシャルルも、フィオのこと見放したりなんかしない」


 レフィナへの信頼にあふれたティアの眼差しは、弱音をさらした心には強過ぎた。フィオは見ていられず、視線を落とす。


「だけど私にはもう、シャルルの心は感じ取れない。杖をつく私を見て、シャルルは失望し、心を閉ざしたんだよ……」

「それはどうかしら」


 ティアは声を明るくして、つづけた。


「川向こうの森で、ナイト・センテリュオが何度も目撃されているわ。あれはシャルルで間違いない。フィオも存在は感じているでしょ?」


 確かにティアの言う通りだった。シャルルの気配なら今も感じている。それは村外れの川を越えて近づくこともあれば、森をぐるぐる徘徊はいかいしている日もあった。

 一度も、ファース村から遠く離れたことはない。


「それこそが、シャルルがまだフィオを想っている証。あの子は鉱物科だもの。森より山を好む。見放したんなら、とっくに山へ飛び去ってるわ」


 そうでしょ、ギル。とティアは隣の昔なじみに同意を求めた。


「……ああ、そうだな」


 うなずきつつも、ギルバートの表情はどこか煮え切らなかった。彼は席を立ってテーブルを回ってくると、フィオの肩を叩く。


「まあ、あまり思い詰めるな」


 そのままギルバートは帰ると言い、ティアも見送るために席を離れた。ようやく相棒が出てきたと、喜ぶアヴエロの声が響く。


「フィオさん、すみません。俺なにも知らなくて……!」

「だったらどうして、シャルルは私に心を閉ざしているの」


 気づけばジョットが途方に暮れた目をしていた。ハッとして、つい責めるような語気になっていた口を押さえる。

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