15 変わったもの変わらないもの②

「え、なんで。部屋いっぱい空いてるのに」

「フィオさんの隣がいいんです!」


 恥ずかしげもなくジョットが叫ぶと、下からティアの笑い声が吹き抜けを伝って響いた。扉の向こうで少年が居た堪れない顔をしているかと思うと、フィオの口角も持ち上がる。


「じゃあ明日、朝食後にね」

「明日……! わかりました。シャワってすぐに寝ます!」


 しゃわって? 謎の言葉を残し、ジョットはドタバタと走り去っていく。最近の若者言葉だろうか。人が変われば時代も変わるものだ。

 と、フィオがちょっぴり歳を感じていると、元気な声が戻ってくる。


「言い忘れました! フィオさん、おやすみなさい!」


 え。フィオは思わず固まる。

 それを言うためにわざわざ? というか、足音が聞こえないってことは今、私待ち?

 またティアに笑われたのか、ジョットは情けなくフィオを呼んで催促した。


「あー……おやすみ」

「えへへっ。おやすみなさい!」


 口ずさむようにもう一度言って、今度こそジョットの足音が階段を下りていく。フィオはふらりとよろめき、ベッドに倒れ込んだ。


「恥ず……。なにやらせんの」


 二十七歳にもなった大人が、「おやすみ」に照れを抱いたことに照れる。おまけに心底うれしそうに返事をされて、老成した精神は浮かれるどころか地に叩きのめされた。


「えっと、会ったのが十八だから九年前。あの子は五歳で……今十四か。そりゃ、ああいうことも平気で言えちゃうわ」


 ジョットの若い言動には納得したが、相棒ドラゴンを連れていない疑問は深まった。




「あらフィオ、おはよう。早いわね。お腹すいたの?」

「ちょっ、私だってまともに起きることもあります! 今日は用事があるの」


 出鼻からくじかれたが、フィオは咳払いで気を取り直す。朝食作りに取りかかろうとしていたティアは、改まった様子のフィオに首をかしげた。


「貯蔵庫のお肉、ひと塊ゆずってもらっていい? もちろんお金は払う」

「構わないけど、食費は宿代に含まれてるわよ。手持ちにそんな余裕もないんでしょう?」


 ティアは気遣うようにそろりと言った。

 収入のないフィオは、宿代と治療費を両親に頼っている状態だ。小遣いはあまり多くない。


「いいの。気持ちだけでも自分で払いたい」

「そう? でもお肉なんて……あっ。シャルルにあげるのね!」


 ずばり言い当てられ、フィオはつい顔を逸らす。シャルルに抱く負い目や足の不安から、堂々とうなずくことができなかった。


「喜んでくれるかな。こんな私が今さら行って……」

「喜ぶに決まってるじゃない! シャルルだって仲直りしたいと思ってるよ、絶対!」


 くしゃりと頭をなでてきた手を嫌がりつつ、笑みがこぼれる。今日はどこまでも歩ける気がしてきた。


「ティア、私新聞取ってくるね!」

「まあ。助かるわ。ふふっ」


 外に出ると、竜脚科ボア・ファングに荷車をかせた農家たちが、畑へ向かっていた。

 ボア・ファングはとても温厚なドラゴンの一種で、相棒でなくとも農業を手伝ってもらうために世界中で飼育されている。上向いた二本の牙と潰れた鼻、短い手足、そしてイボのある体にいつも泥を塗っているのが特徴的だ。

 文字通り、すぐ道草を食おうとするボア・ファングの鳴き声と、たしなめる農家の声が、朝の澄んだ空気によく響く。


「あ。ロードスター杯出場者、先行発表……」


 郵便受けから取り出した新聞の一面が、目に入ってしまった。三年ごとに開催されるロードスター杯が、いよいよ一ヶ月後に迫っている。それに伴って、現時点で参加登録した主な選手を報じていた。

 フィオは少し迷ったが、今朝は気分がいい。シャルルと会える期待に背中を押されて、紙面に目を落とした。


「ハーディ・ジョーとザミル・リー。前回チャンピオンは当然出場か。順調そうでなにより。ガルシア姉妹も健在。今年もこの二組が優勝候補かな」

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