146 格式高きルーメンレース!③

「それは光栄なことで」


 軽口を挟んでいると、前から「イデェッ!」と声が上がった。被弾したのだろう、翼竜科に乗ったライダーが失速する。シャルルはすかさず翼を振り、相手を置き去りにした。

 すると、見慣れた銀のドラゴンが前方に現れる。


『九名が遅れた。きみは現在十九位だ。前にいるのはキース・カーター!』


 ランティスの報告に、フィオはにんまりと口角を上げる。シャルルがうなった。


「横に並んで。ジェネラスの影に入れ!」


 シャルルは正しく意図を汲み取り、ぴたりとジェネラスに身を寄せる。キースが振り向き、嫌そうな顔をした。ひと回り大きなシュタール・イージスの体を盾にする気だと察している。

 振り払うためか、ジェネラスは一歩前に出た。シャルルも負けじとついていく。その間も赤い飛跳石は縦横無尽に襲いかかり、二頭は時に上下を入れ替え、押しやって場所を奪い、互いを蹴って難を逃れた。


「ちっ。耐久戦じゃ向こうに分があるか」


 ちょっとやそっとじゃよろめきもしないジェネラスに、突っかかっていく分だけシャルルのほうが体力を削られていく。

 隙を見て抜かしたい。そう思っていると、フィオの上に影が覆いかぶさってきた。ジェネラスが白銀の体で、シャルルを押し潰そうとしている。


『あああっ! フィオさんその先はガタンッ、グイッで! だから上昇アップ! 上昇アップ!』


 正直ランティスの言いたいことは半分もわからなかったが、フィオは自前の脳内地図で崖の終わり――つまり地面が迫っていると気づいた。

 瞬時にシャルルに水平姿勢を取らせる。しかし失速するとともに、ジェネラスがぐんぐん近づいてきた。

 方向転換を利用して押さえつける魂胆だ。


「背後からなんて最低!」


 苦し紛れに悪態をつく。


「隙だらけだったんで、誘われているのかと」


 くつくつと楽しそうなキースの笑い声がする。悪趣味な言葉選びだ。しゃれたホテルのカフェバーじゃ、いくら誘っても乗ってこないくせに。

 思うように羽ばたけず、シャルルは動けない。その時、横手の障壁を叩きつけた飛跳石が、シャルルの首を狙って跳躍した。

 フィオはとっさに手を伸ばしてかばう。それをさらに覆って、黒い翼が鋭く弾き返した。


「シャルル、だいじょうぶ!?」


 けろりとした声が返ってきて、フィオは息をつく。だがこれで〇.五秒もらってしまった。しかもジェネラスとの差は、ドラゴン一頭分ほど開いている。


「逃がすもんかっ」


 ライフルに手をかけつつ、フィオは機会を待つ。単純な速さならシャルルのほうが上だ。的確な回避でひとつ、またひとつ順位を上げていくキースに、フィオもじりじりと迫る。

 ふと、前の前の選手が被弾した隙に、ジェネラスは大きく沈み込んで抜かそうとした。

 今だ。

 フィオはあえて上へ指示を出す。キースに抜かされたライダーと天井の間を縫って、前へ踊り出る。

 そこはキースとジェネラスの真上だ。ライフルを構えたフィオの意を読み、シャルルは翼を倒して射線を確保する。

 引鉄を引く間際、キースは笑っていた。見えていれば当たらない。そう確信している愛しい男へ、フィオはちろりと舌を出す。


「ざあんねん。ハズレ」


 飛び交う赤い玉に向かって、フィオは染料弾を撃つ。突如、軌道を変えた飛跳石にキースは目を見開く。回避しようとした方向へ石は先回り、跳ね返ってジェネラスの翼に当たった。


飛跳石ラットならライダーに当てる必要ないもんねー」


 顔をしかめるキースを横目に、フィオは障壁区画ジャマーゾーンの終わりを捉えて旋回角度を調整する。


右折ライトトゥ上昇アップ障壁区画ジャマー!』

「遅い! 私が見えてからじゃ意味ないでしょ!」

『わっ、ごめん!』


 シッポ草の群生を蹴立てながら、大きく旋回する。街道を横切り、再び草原に入ったところを見計らって上昇した。

 折り返して早々、今度は赤岩の壁を駆け昇ることになる。その間に立ち塞がるのは、ふたつ目の障壁区画ジャマーゾーンだ。

 実況者の声がけたたましく走る。

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