第5章 フィオとジョット

118 降臨!小さな弟子①

 ルーメン古国の玄関町ポートリオを発ってから四日。

 その間にフィオたちは三つの村や町に寄りつつ、いよいよ次のレース開催地である首都セノーテに入ろうとしていた。

 地殻変動で大きく張り出した台型の赤岩せきがんがもう見えている。セノーテの街はその上だ。

 ここらは乾燥地帯で、眼下に広がる赤土には多肉植物や、岩に着生するチランジア属の緑がぽつぽつと見える。

 またセノーテ周辺は、高温少湿を好むシッポ草の群生地としても有名だ。シッポ草からは、フィオも度々お世話になっている対ドラゴン用鎮静弾が作れる。


「ここまでなにごともなく来れちゃったなあ」

「なんですか、フィオさん。その事件を期待してたみたいな言い方は」

竜鰭りゅうぎ科たちはあれで満足してないだろうし、また来るかなって思ってたの」


 ランティスが指摘していたように、狙われたのが子どもだけだったことに作意を感じる。それに親玉のロワ種まで現れるなんて、尋常ではない。

 彼らがあれで引き下がるとは思えなかった。


「まあ確かに。あの大蛇『許さない』ってなんかブチギレてたからなあ」


 ぼそりとこぼしたジョットにフィオはドキリとする。

 やっぱりあの時ジョットくんは、ロワ種と交信してたんだ。

 目の異変のことも言うか言わないべきか、ぐるぐる迷っていると、コレリックに跨がったランティスが近寄ってきた。


「結局暴走とも断定できなかったしね。そもそも暴走がなんなのか、わかってないんだけども」

「ドラゴンが暴走する事件って、どのくらい起きてるんですか?」


 ジョットの問いかけに、ランティスは表情を引き締める。


「先月は世界各地で三〇〇件あった。今月はもうそれを超えているそうだ。場所も状況も種類もバラバラ。捜査はかなり難航しているよ。このままだと、世界中が混乱に陥るかもしれない」

「っていう時に、あんたはドラゴンレースなんか出てていいんです?」

「ジョットくん!」


 小声でたしなめて、フィオはひじで小突く。ジョットは「ライバルが減れば有利じゃないですか」と強かに耳打ちしてきた。


「いいんだよ、フィオさん。それは僕も思っていたんだ」

「大人の対応。さすが竜騎士団分隊長様」

「ちょっとフィオさん!? なに見つめてるんですか! ああいう人畜無害っぽいやつほど腹ん中真っ黒なんですよ! 今朝の新聞見たでしょ!? 恩人だと思っていた庭園の主人に無理やり関係迫られた女性の記事! 庭師が助けに入らなかったらどうなっていたことか……!」

「ジョットくんはちょっと黙って」


 荒い息を噴き出す鼻を弾いてやると、ジョットは「ぎゃ!」と引っ込んだ。それを見ていたコレリックが、のどを震わせ低く笑う。

 こらこら、と相棒をやんわり叱り、ランティスは徐々に近づいてきた赤岩の故郷に目を移した。


「ルーメンレースだけはどうしても出たいんだ。約束があってね」

「もしかして恋人との!?」


 復活の早いジョットがなぜかうれしそうに聞き返す。


「残念。妹だよ」


 しかしそう言われたとたん、空気が抜けるように項垂れた。


「妹さんがいたんですね」

「うん。十九も離れてるんだけどね。実はドラゴンレースに出たきっかけは妹なんだ。いつかレースライダーになりたいって言い出すから、レースってどんなものかと思って。父上は危ないと反対されたんだけど、僕はまず自分で体験してみようと思ったんだ」

「頭ごなしに反対しないのは素晴らしいです。ええ、キースより遥かに」

「ハッ。理解あるお兄ちゃん属性はやばい! 年下なのにちょっと強引属性の俺を真っ向から打ち消す存在……! フィオさんダメーッ! その人見ちゃダメです沼に引きずり込まれる!」


 よくわからないことを喚きながら揺さぶってくるジョットを、フィオは片手で押しやった。もがくジョットの腕は、わずかに長さが足りず空を掻く。

 少年の頭をわし掴みにしているとは思えないさわやかさで微笑み、フィオは話のつづきをうながした。

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