117 追放された大蛇④

「あ、ありがとう。ジョッ……あああいやいやいや。今のは違うんだよ。足じゃなくて、立ち上がった時に、あー、舌噛んじゃって! それが痛かっただけ。うん!」


 自分でも苦しい言い訳だと思った。けれど、ジョットの前で弱った姿を見せるわけにはいかない。ヒュゼッペレースでフィオは『あなたに責任を負わせない』と誓った。

 唯一、飛ばないのかと背中を押したジョットの言葉がうれしかった。

 なにより、


――も、もういいです……。俺が間違っていたんです。


夢を諦めるあんな声はもう二度と聞きたくない。


「……フィオさんて案外、抜けてるとこありますよね。気をつけてくださいよ」

「う、ん?」


 ふと息を抜くようにジョットは笑った。やけにあっさり納得され、フィオのほうが戸惑う。だが、流されてくれるなら好都合だ。

 触れるか触れないか、フィオの腰に添えられたジョットの手には互いに気づかないふりをして、部屋を出る。


「おや、ベネットさん」


 そこへ行き合ったのは、看護婦を連れた船医だった。「目が覚めてよかった」と疲れがにじむ顔で笑いかけてくる。


「ところで、きみはレースライダーだそうだが。軽く触診した限りでも、その足はかなりの痛みを――」

「先生」


 フィオはわざと船医の言葉を遮った。


「覚悟の上です。大変お世話になりました。それでは」


 すれ違うのもやっとの従業員専用通路をフィオが歩き出すと、船医と看護婦は圧倒されたように道をゆずった。




 翌日。海上宿船しゅくせん〈バレイアファミリア〉に竜騎士団が到着した。フィオたちへの事情聴取は、支配人のつづった記録もあって滞りなく終えることができた。

 足止めは一日で済み、フィオとジョットとランティスはその後、順調に四隻の船を乗り継いで海を渡りきる。

 その先は竜騎士団発足の地にして、ドラゴンレースの起源でもある国。歴史深い風香るルーメン古国ここくだ。

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