119 降臨!小さな弟子②

「それで、体験してみてどうでした?」

「えっと……。父上の言う通り危ないと思ったよ。せめて成人するまではレースに出て欲しくないかな。出ても、できればマイナー杯の易しいコースにして欲しい」

「ふふっ。妹思いなんですね」

「男ばかりの兄妹きょうだいで、たったひとりの末妹まつまいだからね。どうしてもかわいがってしまうし、心配は尽きないよ」


 照れたように首を掻くランティスの姿が一瞬、キースと重なった。

 心配。その気持ちがわからないフィオではない。キースがレースに出るなと立ちはだかるのも、小言を言うのも、心配してのことだ。

 けれどフィオは夢に焦がれるあまり、ずっとキースの思いをないがしろにしてきた。


「お兄さまー! ランティスお兄さまー!」


 そこへ、どこからか女の子の声がした。ランティスがピクリと反応し、あたりをきょろきょろ見回す。

 フィオは下のほうから聞こえた気がして、眼下を見た。するとランティスとよく似た明るい金髪の少女が、こちらに手を振っている。チュニック丈の白いセーラー服と、紺色のショートパンツを着た、十歳くらいの子どもだ。

 跨がっているのは、ランティスと同じ翼竜科のフォース・キニゴスに見えるが、かなり小さい。女の子と大きさが変わらないくらいの幼体だ。

 まだ羽ばたく力が弱い幼体は、シャルルたちの飛ぶ高度まで上がれない様子だった。


「ほら、トルペがんばって! お兄さまのところへ行くですの!」


 なんとか追いつこうと小さなドラゴンが懸命に翼を振ったその時、風が高くうなり吹きつける。


「きゃあああ!?」


 直後、少女の悲鳴が響いた。強風に煽られた幼体ドラゴンから、少女が投げ出され落ちていく。


「シャルル! ジョットくん掴まって!」


 フィオが言うよりも数瞬早く、シャルルもジョットも身構えていた。翼の下に空気を集め、それを叩いてシャルルは飛び出す。青い角をまっすぐ下に向け、おろおろと追いかける幼体ドラゴンをあっという間に抜いた。

 そのまま少女も抜き去ると、翼をぴんと張り体を水平にして速度をゆるめる。長い白金の髪をなびかせ、もこもこの羽つきリュックを背負った天使を、フィオはふわりと腕に抱きとめた。


「私たち、もう最高のチームだね」


 ジョットとシャルルは息ぴったりに応えてうなずいた。


「マドレエエエヌウウウッ! だいじょうぶか!? 怪我はない!? どこか痛いところは!?」


 ランティスが突風となって追いついてくる。その腕には幼体のフォース・キニゴスを抱えていた。フィオを不思議そうに見ていた少女は、ランティスが来たとたんパッと花のように笑みをほころばせる。


「ランティスお兄さま! おかえりなさい! びっくりしたけど、とても楽しかったですの!」

「は、はははは……。ただいま。兄さんは寿命が半分縮んだけどね……」

「お兄さま! お兄さまはマドレーヌのために、おししょーさまを連れてきてくれたんですね!」

「え、師匠? いったいなんのことだい?」


 きょとんとするランティスの前で、少女は突然フィオの首に抱きついた。


「ドラゴンレースのししょー! フィオ・ベネットさまですのー!」

「ん?」

「あ?」


 首をひねるフィオの後ろで、ジョットは険しく眉をひそめる。ランティスの腕からひと声鳴いた幼体ドラゴンがなんと言ったのか、シャルルまで複雑な顔をした。




 風とたわむれるシッポ草が赤岩を囲んでいる。

 その上に築かれたルーメン古国の首都セノーテには、赤土を用いたレンガ造りの街並みが広がっていた。民家は塔のように高く尖り、段を組んだ屋根が特徴だ。その配置や彫刻が複雑であればあるほど、価値と威光が認められる。

 空から見れば細か過ぎて寝起きの視界のようだ。唯一、街の中央にある競技場コロセウムが整然と佇む。

 フィオとジョットはそんなセノーテの街を横目に見つつ、ヒルトップ兄妹の案内でさらに奥を目指していた。そこは丘になっており、細々こまごまとした街を見下ろすようになにやら雄大な建物が建っている。

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